大奥ミステリー事件簿 -壱- 「振袖火事」

 早朝午前7時。雲ひとつない抜けるような青い空。今はまだ過ごしやすいが、後々酷暑になることが織り込み済みなので出来れば曇天がよかったよ、な撮影日和の朝。

 俺込みの一団がぞろぞろと一塊になって苑内を歩く。所定の場所に到着すると速やかに散開、各自持ち場へとつく。さーて、お仕事お仕事。


 カメラ、スタンバイヨシ。マイク、スタンバイヨシ。レフ板、スタンバイヨシ。ピンマイクもOKのサイン。続いて俺は流れるように視線を隣へ移す。アシスタント役のお嬢に、メイクさんが入念に最後のメイクチェックをしている。お嬢はお出かけファッションに流行りのリュックなんか背負っている。スポンサー提供品だな、うん。

 彼女がお嬢から離れると、待ち構えていたディレクターがサインを出した。


 Qのサインとほぼ同時に、俺は声を張り上げる。

「本日は僕、サンゲキジゴローと、」

「ヒキザキカナメ!」

「の、二人でここ、東京は千代田区に来ています。我々の背後に聳える石垣ね、あれ、何だか解るかな? カナメ嬢。」

「えーと、天守閣の跡地。なんかパワースポットだとかいう話だよね。」

「ここ数年でそう言われるようになったらしいけど、実は、最初の怪談ポイントはここ、天守跡のあの石垣です!」

「えー!!」


 ……なぁんて掛け合い漫才をわざとらしく披露しまして、カメラはぐるりと天守跡の石垣と周辺の風景をパノラマ撮影。俺たち二人は石垣をバックに並んで待機。カメラがこっちに戻ったところですかさず、

「日本怪談紀行、第三弾は江戸城大奥を揺るがせたミステリー事件簿をお送りします!」


 本日は晴天なり。人が行き交う皇居前の一角で、大人数のロケ隊が陣取って、文字通り通行人のお邪魔をしまくりであります。すいませんねぇ、ホント。あっ、そこ、スマホ向けて撮るのは構わないけど、それ以上近付いてこないでねー。


 今日のお仕事はTV番組だわ。夏の定番、怪談番組だね。もうひと組、ユノノンとアマネちゃん……委員長ペアとも共演で、二手に分かれて競うっていう趣旨になってる。俺たちが天守台前スタートで、あっちの二人は二の丸庭園からのスタートだ。


 では、台本に沿って会話をスタートしますか。


「ところでカナメちゃん、知ってる? 江戸城の天守閣はね、1657年、江戸時代初期にあたる明暦3年、四代将軍・徳川家綱の時代に大きな火災があってね、それ以来再建されないまま今日まで来てるんだよね。歴史で習ったんじゃない? 明暦の大火。」


 ここのシーンに当てられた台本に書かれてんのはこんだけ。あとはでっかくアテレコ、と殴り書き。適当すぎるだろ、杉山D。恐ろしいのはお嬢の返しに当たるセリフのとこにも同様にアテレコとしか書かれていないことだわ。

 嬢の方をにこやかに見やれば、自信満々の笑みで居る。


「知ってる知ってる。前の代の将軍綱吉の放漫政治とか色々あって、江戸幕府が貧乏になってく中で起きたんだよね。怪談ライブでもやったよ、呪いの振袖って。」

「そうかー、令和の世にしてついに呪いになっちゃったのかー。」

「違うの?」


 違うくはない。違うくはないけど、正確でもない。

 え、もしかして杉山、てめー、俺にぜんぶフォローしろとか言う気か?

 内心の焦りやら憤りやらを押し隠して、澄ました顔で補足説明をね、視聴者の皆さまにね、杉山が腕をグルグル回して「はやく済ませろ」とか催促してくるけど、このヤロー。

 ……気を取り直して。


「明暦の大火、別名、振袖火事とも言われるね。その由縁はこうよ、本庄あたりに質屋の娘がいてね、これが寺小姓に一目惚れするも、想い叶わず。せめてもと思い、お揃いの模様の着物をこしらえて愛用していた、その着物が問題の振袖だと言うね。この娘はその後すぐに亡くなってしまい、この振袖は娘の棺桶に掛けられて寺へ納められたんだ。ちなみに当時は土葬ね。」

「一緒に埋葬されたの? あたし、ここよく解んないんだけどさぁ、この振袖って人から人へ渡ってく話なわけじゃん。一緒に埋めたものなら、やっぱ墓荒らしに遭ったってことなの?」


 ナイス、お嬢。いい質問飛ばしてくれるね。


「当時の風習では、棺桶に納められたものは寺に仕える使役の男衆が貰っていいことになってたんだ。湯灌と言って、今でもそうだけど、人が死んだら洗い清めるんだけどさ、それをやって土を掘って棺桶を納めて、土まんじゅうをこしらえてね、ちゃんとお墓の体裁を整えてくれる人々ってのが居たわけだわ。葬儀屋さんの雑役みたいな仕事ね。」

「へー。じゃあ、その人たちの賃金代わりだったってこと?」

「そう。そういうわけで、正当な報酬としてその振袖をもらい受けたわけだけどさ、当時はサステナブルな社会だからその振袖は質屋へ売られて、他人の手に渡り、また別の娘が着ることになったわけよ。」

「ほうほう、」

「ところがその娘も死んじゃったわけだ。」

「へー。」

「そしてまた同じ経緯で質屋へ流れて、別の娘が着ることになって、その娘も死んじゃって、同じお寺へ棺桶が運び込まれることになった、と。」


 ここまではテンポ良く台本(合って無きが如しの)通りに進む進行。

 ところがここへ来てお嬢がいきなり脱線を開始。


「うわぁ、やっぱり呪いだ、最初の質屋の娘が取り憑いてて、寺小姓にひと目遭いたさで次々と娘達を死なせてったんだよ、それ!」


 うんうん、芸能人は爪痕残さなきゃだからね、突飛な発言の機会を狙ってたわけだ、やるじゃんお嬢。俺の都合も考えてくれてたらなおベストなんだけど。これ、後でどう編集すんのかなぁ、杉山D。嬉しそうな顔してやがんなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る