第五章 江戸城趾ロケⅠ

第十夜 「階下の声」

 現在時刻は午前零時。今宵も始まりました、冥界ラジヲ。毎週末土曜日、午前零時に始まりまして、ツラツラとね、リスナーの皆さまに怪奇ホラーや都市伝説といった巷の話題をお届けしております。


 お送りしますのはお馴染みサンゲキジゴローと、

「アシスタントのヒキザキカナメです!」


 ほんじゃ、今夜も零時のコワバナ、行っちゃいましょうかね。

「今日はやけにアッサリだね、ジゴローさん。なんか元気ない? フラれちゃった?」

 古傷を抉らないでね、カナメ嬢。

 じゃあ、今夜も午前零時のコワバナ、行っちゃうよー。

「カラ元気だ。」

 いいから、お便り紹介してっ。

「はーい。今夜のお便りは、ペンネーム・柳の下在住さん、からでーす。」

 また呼びにくいペンネーム付けてからに……


 じゃあ、行くよー。『こんばんわ、ジゴローさん、カナメちゃん。』はい、こんばんわ。『これは僕の兄が体験した怖い話です。』ほー、お兄さんが。


『兄がまだ独身で独り暮らしをしていた頃の話です。ある時、東京から、いわゆる政令指定都市と呼ばれる、都会とも田舎とも言い難い街に移り住むことになったのですが、よい物件が見つからず、かなり年季の入ったアパートを借りることになってしまったそうです。付近に店もなく、レジャー施設もない不便な立地なせいだと言われたそうですが、それにしても家賃が破格値で、ちょっと疑うような値段だったそうです。


 事故物件ではないという話だったので、兄はさんざん迷った挙げ句にその部屋に引っ越しを決めました。築三十年は経っているということで外観こそ古びていましたが、意外と中はリノベーションされて新しく、案内された角部屋も快適だったそうです。』


 出たね、角部屋。

「角部屋は出るよ、定番だよ。」

 そうそう。この番組でもお馴染みの設定だよね。やっぱりシチュエーション的にもアレなのかな、オバケも何かとやりやすいのかもね、角部屋。

「角部屋率、なにげに異常だよね、そう言えばさ。」

 そうそう。お嬢も気付いた? なにげに定番の、いわゆる角部屋のね、もうそういう部屋だよね。そこでお馴染みの何かが起きるわけだよ、だいたいね。では続きを読むね。


『兄はさっさと契約を決め、引っ越しも決めてしまったのですが、怪異は引っ越したその日の晩からさっそく始まってしまったそうです。』


 スピード展開っ。


『兄はベッドではなく布団を直敷き派で、畳の間のど真ん中に布団を敷いてその日は早い目に就寝したそうです。気になる部屋の間取りですが、2LDKでこれアパートというよりマンションじゃね?てくらいの広い住空間だったそうです。

 ただ、全体的に壁や床下の造りが甘く、ご近所の生活音がダダ漏れで、天井からはピアノの音が、壁からは食器が割れる音などがたびたび聞こえてきたそうです。


 兄は普段、大きな音でテレビなどを聞くのですが、さすがにこの環境では遠慮するようになったそうです。隣り近所に迷惑になってはいけないと思い、ヘッドホンなどを使うことにしたそうです。


 ところが、兄はそうやって遠慮をして暮らしていたというのに、どうやら階下の住民は上の階の人間に配慮する気持ちがないようで、夜中の十二時を回った頃になると決まって、ボソボソと会話をしだすんだそう。

 兄は、これはもう癖なのだと言っていましたが、眠る際にはどうあってもうつ伏せでないと落ち着かないタチで、その部屋に越した日の夜もさっそくと布団を敷いてはうつ伏せになったそうです。ところが、なぜだか夜中に目が醒めたのだとか。


 いったん目が醒めてしまったものの、眠気はまだありました。なのですぐまた眠りに落ちると思っていたのに、今度はなんだか布団の下から響いてくる話し声が気になって仕方がない。下の階の住民でしょうか、この夜中にボソボソ、ボソボソと飽きずに延々と喋っているそうで、その声がちょうど聴き取れないギリギリの大きさで、くぐもって響いてきたそうです。

 話の内容自体は解らないものの、どうにも気が散ってしまって参る。仕方なし、兄はその夜は我慢して仰向けでなんとか眠りに戻ったそうです。


 それから先、兄がうつ伏せで眠っていると、決まって階下の話し声が響いてくる。それが夜中の二時を過ぎても、三時を過ぎてもずーっと続き、その都度、兄はイライラしながら、常に仰向けで眠らねばならずで、とても腹がたったそうです。

 毎日、毎日、毎晩、毎晩、十二時を過ぎた真夜中からボソボソ、ボソボソと、他人の迷惑も考えたらどうなんだ、ということで、温厚な兄もついに堪忍袋の緒が切れてしまったようで、在るとき、階下に文句を言いに行ったのだそうです。


 ここまで聞けば、勘のいいジゴローさんのことです。だいたい察しは付くと思いますが、この話のオチもご多分に漏れずで、階下の住民もまた上階の迷惑行為に悩まされていたというものでした。夜中の十二時を過ぎると天井からパタパタと足音が響いてくる部屋があったんだそうです。ちょうど兄が寝ている畳の間でした。

 下の階は無人ってパターンもありがちですが、これも結構ありがちと思います。さて、下の部屋に住んでいたのは若い女性だったそうで、これをきっかけに兄とその人は仲良くなりました。その後には結婚して引っ越しもしたそうです。めでたしめでたし。』


 いや、めでたしじゃねぇよ。何の話だよ。

「ご結婚おめでとうございまーすっ。」

 お嬢も。この番組、そういうのじゃないから。

「あっ、ジゴローさん。最後にほら、読み忘れてるよ、ステッカーくださいって。」

 チャッカリしてんなぁ、もう。

 ご祝儀代わりだ、お兄さんの分と二枚送るよ。


 そんじゃあ、時間も来たことだし、今週はこのへんで。

「ばいばい、またねーっ。」


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