第九夜 フリダシに戻る

 番組が捌けて帰り支度をしていた時に、またぞろお嬢が改まった感じで近付いてきた。だいたいの見当は付いていたりする。ここのところ、おばぁの容体が芳しくないらしくてしょっちゅう夜中に駆り出されている。そのことについてだろう。


 彼女らのマネージャーは女性だし、産休間近だしで、あまり無理を掛けたくないというカナメ嬢の心遣いってヤツだ。週刊誌には気を付けなきゃだけど、これまた最近の風潮で適当デタラメが忌避されるから助かっているってワケ。


「ジゴローさん、昨日はどうもご迷惑お掛けしました。」

「昨日に限ったことじゃないでしょ。いいよ、いいよ、困った時はお互い様だよ。それより、おばぁの方はどうなの? 危ないって聞いてたけど、大丈夫だった?」

「はい、なんとか落ち着いたそうです。今朝、病院から連絡が来ました。」

「それってアレ? もしかして、またユノちゃん?」


 昨日はユノちゃんも仕事が同じだった都合で一緒に向かったんだ。

 図星だったようで、改まった態度を崩してお嬢は言った。


「そうなんですよ、なんででしょう? ユノノンが来たら、おばぁが回復するって、なんだか最近は気味が悪くなってきちゃって……。でもそのことユノノン本人に話したら、一緒になって「キモチワルイ~、」なんて言ってて、ぜんぜん話にならないんですよぉ。」


 そうなんだ……。

 まぁ、あの子、そういうの興味ないっぽいもんなぁ。いきなり自分に振られたら、そりゃ気持ち悪いよなぁ。やっぱりある程度は話が通じる人同士じゃないと、てトコあるよねぇ、オカルトは。


「それってさ、いっそ誰かに相談とかしてみたら? 俺に言われても解んないし、やっぱおばぁみたいにソッチ系に詳しい人とかに当たった方がいいんじゃない? 霊能者とかさ。そういう知り合い、お嬢だったら誰か心当たりくらいあるでしょ?」

「んー……。心当たり……、あると言えばあるけど、あんまりお近付きになりたくないタイプの人なんですよねぇ……。」


 まぁ、この業界に居れば色んな噂とかも聞こえてくるけどもさ。ぼったくりインチキ霊能者だの、カルト団体の入り口にオカルトを利用してるトコだのとか?

 テレビ番組の御用達みたいな人までいるからねぇ。まぁ、進行に都合のいいように話を合わせてくれる人は便利ですわな関係者にしてみればさ。某研究家とか名乗ってるオバサンとかね。


「あのね、ジゴローさん。おばぁが気になること言ってたんですよ。」

「なに?」

「江戸城に行けって。浅草寺か江戸城に行っておいでって言うんですよ。でも、江戸城なんかもう無いですよねぇ? なんなんだろ。」


 ん? なんかデジャヴが。


「お嬢、江戸城はまだ存在してるよ。先週だか、先々週だかに話したよね?」

 確か、したと思う。

「えー!? そんな話、しましたっけ? あれ、覚えてない。あれ? でも何か、そう言えば話を聞いたような。今は皇居になってて、だけどほとんどの遺構はまだ残ってる?」

「そうだよ。で、天守閣はもともと江戸時代の中期くらいから無かったの。」

 思い出したかな?

「そうだっけ? あれ? でもおばぁの話、ジゴローさんにしたの初めてでしょ?」

「さぁ? 俺に聞かれましても。」

 なんかヘンな感じだな。て、今はそれより、おばぁだわ。


「まぁ、いいじゃん、それよりおばぁは何て言ってんの? 皇居に行けって?」

「浅草寺か江戸城に行ってきなって。あっ、そう言えば、なんかその話をしだした頃からじゃないかな、調子悪くなって寝込んじゃったのって。……やだ、キモチワルっ。」


 と、なるとそれは俺関連ってコトかなっ。正確には”掛け軸”だ。またなの?


 浅草寺やら江戸城って、アレかな、大権現。いや、それなら東照宮だよなぁ。それともアレかな、江戸城を起点に結界巡りでもしてこいってか? これまた有名な話だよねぇ、界隈じゃ。江戸に巨大な結界が張られている、なんてさ。それのことだよね、おばぁが言ってんのってさ。


「まぁ、どうしても気になるって言うんなら行ってみたら? ほら、皇居周辺でも何かと怪談話は耳にするし、それをネタにお仕事と一緒にしちゃえば事務所からも文句言われんでしょ。」


 うん? 大権現……大権現、……あれ? 何か忘れてる? なんだっけ、何か調べモノがあったような気がするんだけどなぁ。


 その後、帰宅方向の電車に乗った時点でマキ姐からのメールに気付いた。


『サンゲくーん、捌けたらメールちょうだい。呑みに行きたいよー。

 今日は久々にゲストがドタキャンしてきて散々だったのー。愚痴聞いてよ!』

 これが二十分前のメールで。


『続報! ゲストの霊能者先生、入院したんだって。泡吹いて倒れたらしいよ?

 サンゲくんはシカトですか? おぼえてなさいよ!』


 こっちが十五分前のメールです。

 ヤバい。


 かくして俺の頭の中は姐さんへ送る言い訳メールの文面候補で溢れかえった。


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