第九夜 「喋るな」
現在時刻は午前零時。今宵も始まりました、冥界ラジヲ。毎週末土曜日、午前零時に始まりまして、ツラツラとね、リスナーの皆さまに怪奇ホラーや都市伝説といった巷の話題をお届けしております。
お送りしますのはお馴染みサンゲキジゴローと、
「アシスタントのヒキザキカナメです。今日のメールは、ペンネーム・バケラッタくんからだそうです、ジゴローさん。」
ほい、了解。
これから先、みんなのペンネーム紹介はお嬢にお願いするんで、よろしくな。
では読み上げまーす。
『これは、僕の兄の知り合いの知り合いの知り合いの、そのまた知り合いから聞いたとかいう具合の、はっきり言って出所不明な話です。』
出所不明ってスパッと書いちゃうんだ。いや、笑っちゃいけないね。
『仮にAさんとしておきます。そのAさんはホラー映画のファンで、B級だろうがジャンクだろうが、封切りと聞いたらすぐ映画館まで出掛けるという優良なお客様でした。』
いちいち、言い方ぁ。
『ある日、Aさんはいつものように封切られたばかりのホラー映画を観ていました。映画が終了し、エンドロールが流れていた時だそうです。Aさんは隣りの男性から急に声を掛けられたそうです。まだ館内は真っ暗で、客もまばらな入りだったようで、誰かが席を立って帰り支度を始めたとしてもさっぱり気付かないだろう、といった閑散とした場だったので、ドキッとしたそうです。
その男性は気さくにホラー映画の話をAさんに振ってきて、Aさんも気軽に受け答えしているうちに、すっかり意気投合したんだそうです。
「人間が一番怖いと思うことって何かなぁ?」
男がそう聞いたそうです。
Aさんはやたらと警戒心が働くことを訝しんでいました。この男性と気軽に話をして、けっこう楽しめてもいるのに、なぜだか心の片隅では「喋るな、」と必死に押し止めようとしているのです。何か警戒のシグナルを強く発信させるものが、その男からは感じられました。そんなところにこの質問です。男は続けてこう言いました。
「前に聞いた時には、”逃げ場がないこと”って言われたんだ。」
君は何が怖い? と聞きました。
そこでやっとAさんは気付きました。この男がいつから隣りに座っていたのか、いつ入室したのかを知らないのです。入場した時にはAさんの周囲は全席カラでした。それがいつの間にか、後ろにも前にも誰かが座っている気配があるのです。
Aさんが映画に集中しすぎて誰かが座ったことに気付かなかった、などということはありません。後ろの出入り口ドアが開けばそれだけで、邪魔が入ったと思い、気がつくほど敏感です。なのにその時は、周囲にいつの間に座ったのかも解らない複数の客が、Aさんを取り囲んでいたのです。
Aさんは心底ゾッとして、後は手早く話を切り上げて、残念がるその男を置いて、帰路についたそうです。なんとか逃げきれた、Aさんはそう思って安堵したそうです。
ところが、Aさんの恐怖はこれだけでは終わりませんでした。帰り道の電車の中で、知らない男性からメールの着信がありました。ダイレクトメールの類いと思ったものの、Aさんは几帳面で着信のマークを放置することが出来ません、件名を確認して廃棄しようとスマホを開けたそうです。
「君は何が怖い?」メールには館内で聞かれたあの質問がありました。送信先はあの映画館になっていました。驚いたAさんは即座にそのメールを削除しましたが、今度はラインに通知が来ました。また、「君は何が怖い?」の書き込みです。フォローした覚えもないあの映画館からのメッセージでした。
Aさんは家に帰り着くまですべての着信音を無視しました。道ですれ違った女の人が突然、すれ違い様に男の声でこう言いました。
「君は何が怖いの?」
Aさんはまっすぐ前だけを見てこの質問も無視しました。喋るな、と自身の心の声がずっと叫んでいました。
怖いものは何か? きっと何を答えたところで後悔することになると思いました。ひと言も喋ってはいけないと、今までに見たホラー映画の経験がそう教えていました。
Aさんは自宅のあるマンションに辿り着き、明日はすぐにお祓いに行くと決めて、エレベーターに乗りました。5階の自室の階へ着くまでに、いつの間にか人がいます。その人々も口々に、「君は何が怖いの?」と囁いてきました。
それらの声もぜんぶ無視してAさんはエレベーターを降り、廊下ですれちがった老婆の野太い声も無視して、自宅のドアを開けました。
玄関の扉を開ける前から室内の固定電話が激しく鳴っていました。Aさんはスマホを電話の近くに放り投げ、寝室に引っ込むとドアを閉めました。着信の音と電話の鳴り響く音が、多少は小さくなりました。そのままベッドに横になり、眠ってしまうことにしました。朝になったらお祓いに行く、そうしたら終わるだろうと信じて目を閉じました。
「ねぇ、君は何が怖いの?」
頭上からあの男の声が降ってきて、目を開けたAさんは目の前にある男の顔を見てしまいました。土気色の肌と微かにする異様な匂い、光のない濁った眼球がAさんを見つめていたそうです。
Aさんは布団を被って耳を塞ぎました。
「君は何が怖いの?」
「君は何が怖いの?」
「君は何が怖いの?」
延々と聞かされ続ける同じ質問に、Aさんは必死になって耐えました。「帰れ、」だとか「止めてくれ、」だとか、「助けて、」なんて言葉は絶対に発してはいけない、口を押さえて叫び声を上げそうになるところを懸命に堪えました。
どのくらい経ったのか、ふと気付くと室内は明るくなり、鳥のさえずりが聞こえ、男の問いかけもなく、電話もスマホも沈黙していました。Aさんは食事も取らずに知り合いの霊媒師に連絡して、お祓いをしてもらったそうです。
いろいろツッコミどころが満載の話だと思うんですが、番組特製ステッカーがどうしても欲しいので送ってしまいます。他にもっと良さげな話を探したんですけど、見つけられませんでした。ステッカー、ください。』
ツッコミどころとか、興が冷めるようなこと書かないのー。ほんと、どうしてうちのリスナーは素直に怖がらんのかねぇ、お前等ホントはこっち側じゃないとかか? お嬢、どうよ? もしかしてオバケなの? バケラッタってコイツ。て、本物のオバケが文明の利器なんか使うわけないか、ごめん。自分で言ってて笑っちゃった、ごめん。
「えー? ジゴローさん、ヒドすぎぃ。あんまり怖がりすぎな人はメールなんか送ってこないってだけだよねぇ。バケラッタくん、気にしないでねー。」
まーね、この番組はそういうドライな皆さまからのメールによって成り立ってますんで、これからも飽きずにタレコミ送ってくれよなー。ごめんなー。
「そーだよー、皆のお便り待ってるよっ。じゃーねー、また来週ー。」
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