第八夜 魂は強靱だから

 俺の表情がビミョウだったかして、霊能者のオバサンは急に解説モードに切り替わった。


「怖がらせるようなこと言ってごめんなさいね。あなたの、霊的なものってどういうイメージなのかしら? 幽霊に取り憑かれたらすぐ死んでしまう、だとか思っていない?

 それは色んなメディアによって作られた勝手な想像に過ぎないのよ。魂はとっても強靱に出来ていて、ちょっとくらいのことではビクともしないもの。肉体の脆さと同じに思うのは間違いなの。だってほら、どんな死に方をしたって魂は抜け出てくるでしょう? 取り憑かれたからといって、魂がどうにかされてしまうなんてないのよ。解るでしょう?」


 でしょう? と聞かれましても俺には答えられません。見たことないし。てな感じにモニョモニョしてたら、オバサンは一人勝手に続きを喋り始める。俺に聞いたわけじゃなかったんだ、そうなんだ。


「だからね、魂自体に悪さが出来るような強力な魔物なんか、滅多にいないのよ。魂というのはとてもタフで、ちっとやそっとじゃ傷も付かないわ。それなのに、あなたの魂には傷が付けられている。これってよほどのことなのよ。

 悪魔が人間に取り憑くと、その人間の姿形まで変わってしまう。映画なんかじゃそう描かれるでしょう? あれは決して大袈裟なことじゃないのよ。本当に顔や姿が変わってしまうわ、魂を歪められてしまうんだから。それに近いことが過去にあったはずよ。

 あなた、危なかったわね。鷲掴みにされて、そのまま握り潰されていてもおかしくないような痕跡だわ、あなたに残っているのって。よほどの魔物に取り憑かれたのね。」


 ここまで聞いていて……申し訳ないんだが、怖がるどころか、なんか誰かと示し合わせてでもいるんじゃないのって気がしてきた。いくら何でも詳しすぎるだろ。匂わせ程度のどうとでも解釈が出来る言葉を並べてくるだけかと思ってたら、妙に符号の合うことを言ってくる。

 いや、内偵して調べたとかじゃないだろな。親父や兄貴が喋るとは思えないけど、もしかしたらってこともある。いや、そもそもで、俺がラジオで喋ったってこともありえるよな、この辺りのことだったらあり得る。


 そういうわけで俺は疑ってたんだけど、人の内面とかは解んないもんなのか、霊能者はフツーに話し続けた。


「傷痕から正体が解るといいんだけど。でもそれにはちゃんとした手順を踏まないとダメね、今ここで軽く視てあげられるような輩じゃあないわ。タチの悪いモノなら払わないといけないでしょうけど、相手によってはワタクシもタダでは済まない……。悪いけど、一般の方だと、そこまでは保証していないの。ごめんなさいね。」


 チラチラと上目遣いの視線を投げて、オバサンは遠慮がちだがはっきりと除霊に関しては断りを入れてきた。一般の方、てのはアレだ、会員限定サービスでならどんな霊でも払ってあげるってヤツ。


 実はここへ来る前からカナメ嬢に注意されていたことがある。俺運転で、嬢を迎えに行った時、助手席に乗り込む時にサクッと彼女は言ったもんだ。


「あ、ジゴローさん。江藤さんのことだけどさ、腕は確かだけどあんまイイ噂は聞かない人だからね。ジゴローさんなら大丈夫と思うけど、入信とかしないでよ?」


 江藤さんってのが、このオバサンの名前。下の名前はなんて言ったっけかな。心霊研究ナンチャラっていうセミナーだか活動団体だかの代表をしていて、常時会員募集中だそう。なんでそんな人紹介するかなぁ、お嬢。

 まぁ、ネットのコメンテーターとしても有名だけどね。


 案の定で、江藤さんは俺を勧誘しだす。一応芸能人の端くれですからね、広告塔になると踏んでのことだってくらいはお見通しですよ。


「ごめんなさいね、ちゃんと見てあげられたら良かったんだけど。厄介な相手だということは確かなんだけど、対決するなら大掛かりな準備が必要になるの。白状するとね、私一人で対処できる相手ではないってことよ。だから、出来れば一度うちの研究所に足を運んでもらえないかしら? そっちでならなんとか対処可能だと思うの。」


 研究所にねぇ……。厄介だとかいうのもどうなんだか。怖がらせて勧誘しようってだけじゃないの、とか思ってしまう。

 愛想のいい笑顔を浮かべつつ、内心では辞退の言葉を考えてたよね、俺。


 そういうわけでさ、なんのかんのと焦らされた挙げ句、相談料だとか言って二ケタのお布施をしましてその日は引き揚げたわけよ。二ケタが相場なんだってさ。ホントかよ。


 帰りはお嬢を送ってってあげて、おばぁが入院してるっていう病院に立ち寄った。おばぁが青森から出てきてるとは知らなかったよ。だけど東京ならデカい病院が幾らでもあるだろうに、こっちもガンとして関東平野は嫌だと首を縦には振らなかったんだとさ。埼玉だよ、埼玉。いや、埼玉さんゴメン。武蔵野の閑静なサナトリウムだから、こちらも結構なお値段じゃないのかなぁ、とか。

 だけどなに? 東京って霊能関係の人になんか忌避でもされてんの? 徳川が終わるってさ。おばぁも親父と同じこと言ってた。何を恐れてんだろうねぇ。


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