第八夜 ピンクのおばさん
本日の放送も無事に終了。そこでカナメ嬢を呼び止めた俺。江戸城がもう無いなんていうパラレルワールドからお嬢を連れ戻してやらねばならないからだ。
確かに、日本式城郭の代表である天守閣は残されていない。あれはそもそも江戸時代に消失した時から再建されなかったという話だから、その頃から実は江戸幕府のフトコロ事情も苦しかったんじゃないか、なんて俺は思うね。めっちゃくちゃカネが掛かるらしいからさ。
「へー、明治政府が壊しちゃったんだと思ってた。ホラ、維新後も残ってた大名屋敷なんかが他の施設に転用されたとかって話を聞いてるからさぁ。」
「おー、結構詳しいね、もしかして歴女とかいうヤツ?」
「バカにしてるでしょ、ジゴローさん。そのくらいの教養はもってるよ。」
お嬢は気分を損ねて頬を膨らましている。露骨に嫌悪を見せての帰り支度とか……そういうアピール流行ってんのかねぇ。こっちのが、やれやれ、だよ。最近の女子にはヘタなこと言えないんだよな。なんか世間が被害妄想をお薦めしてるっていうか、他人の口から出る言葉をやたら悪い方向で取るように仕向けてる空気があって、俺は嫌いだね。そんなの喉元まで出掛かってても口には出さないけどさ。
「なに? ジゴローさん、はっきり言ってよ。」
「なにが?」
「ジゴローさんが黙ってると、なんか失敗でもしたかなって思っちゃう。」
なんでだよー。いや、お年頃の女の子は面倒だわ。
「いや、別になんもないよ。おばぁがなんで江戸城をお薦めしてんのかな、って考えてただけだよ。」
そういうことにしとくよ、もう。
俺の向けた言葉で、お嬢は拗ねた顔を止めて真剣に考え始めた様子だ。
「んーとね。おばぁ、その時はほんと調子悪そうでさぁ。でさ、こないだユノノンが遊びに来たんだけど、それまではほんとぜんぜん起きられなかったんだよね。だから肝心なコトなのに聞きそびれちゃったんだよ。」
「ユノちゃんって、カナメ嬢の家にそんなしょっちゅう出入りしてんの?」
「うん。昔っから仲いいんだよ、私たち。」
へー、そりゃ意外……。水と油って気がしたけどなぁ。
「ユノノンはさ、そういう場所嫌いなんだよね。お寺とか神社とかお城とか? なんか古くさいし、ギシギシ言ってて崩れてきそうだからヤダって。鉄筋コンクリートじゃないと嫌なんだって。お寺よりお洒落なカフェがいいって。ヘンな子だよね。」
「今どきの子じゃない、それ?」
「こないだの件もさ、あの子のことも誘ったんだよ? アマネは抜けられない用事が出来ちゃってパスだったけど、あの子別に暇してたのにさぁ、嫌だって、行きたくないって、ほんっと頑なだったんだからぁ。」
霊能者の件ね。俺も出来たらパスしたかったわ……。
感想を先に言っちゃうと、カネだけぼったくられて何も解決しませんでした、て感じ。けっこういい歳のオバサンが出てきてさ、初対面だってのに挨拶も抜きで人の顔ジロジロ見てきて、挙げ句に「憑かれてますねぇ、」だってさ。胡散臭さしかなかったよ。
鬱陶しい感じの陰気な部屋とかを想像してた俺。でも到着した霊能者のオフィスは都心一等地にある明るいビルの一室だった。家賃高いだろ、ここ。
で、そこに陣取ってたのは妙な衣装を着た怪しい人物……なんかじゃなく、ごくごく普通の、ピンクのカジュアルスーツを着た中年の女性だよ。清潔感があってむしろ好感沸くタイプ。で、同じくピンクの縁の細いメガネをくい、と指先で調整してさ、そのオバサンは続きを言ったわけよ。
「あなた、結構、色んな女性に声を掛けているでしょ? それもかなり気軽に。その彼女たちのね、生き霊がね、一人ひとりはほんと小さな念だけなんだけども、それが寄り集まってるのかしらね、大きな塊になって背中全体にのし掛かってるのが見えるわ。嫉妬されてるわよ、調子のいい言葉を言いすぎね、あなた。」
え、待って。いきなり霊視? てか、心の準備ナシでの霊視って、それはちょっと失礼ってか、暴力じゃないですかね。素手と思ってたのにいきなりナイフを見せられたって気分だよ、こっちは。おまけに心当たりがアリアリだっての。
「その顔。思い当たるフシがあるのね? ちょっと待って、もう少し鮮明に見てみましょう。……特に強い念を飛ばしている女性が三人いるわね。絡みついていて、ちょっとあなた自身の魂が見えないくらいよ。すごい執着。他の何人もの女性の念も、この三人の影に霞んで正体がはっきりしないくらいだわ。しかも、お互いを知ってるのね、この三人。」
ズバズバと言い当てられている……と、言えたら良かったんだが、生憎、ぜんぜん見当が付かない。三人って誰? 俺が熱心にコナ掛けてる相手といえば姐さんだが、あの人はサバサバしたもんだし、お嬢やユノちゃんは論外だし、仕事相手も特に浮かばない。元カノに至ってはフラれたのは俺の方なのよ。新しい男が出来てさ。あ、思い出しダメージ。
霊能者のオバサン、俺の顔をじーっと観察。
「その三人は、あなたの思いもしない関係性にいる人々だわね。恋人だった時はないわ。相手の女性たちが一方的にあなたに熱を上げているってところね。」
じゃあ、ファンかな。そんな熱烈なファンなら多少の心当たりがないこともない、確かに担当してる他のラジオ番組含めて熱心にメールでアピールしてくれてるしな。お互いを認識してるということにもなるのか? これ?
「あら、ちょっと待って。なんだか……あら? 何かしら、この影。気になるわね、人間のものとは違うわね、獣かしら? ひしめいてる生き霊に紛れて、そんなに強くはないけど、妙な影がいるわ。大丈夫よ、すごく弱いから。そうね、かなり昔に関わった何かの魔物かも知れないわね、今は大丈夫よ。痕跡、というのかしら傷痕が残ってるだけよ。」
すげぇ。一瞬で解るもんなのか。死んだ爺さんが言ってたヤツに合致した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます