大奥ミステリー事件簿 -参- 「富士見櫓の白骨」

 アイドルも大変だよ。イメージってのあるし、ファンの持ってるソレとあんまりかけ離れちゃうのも拙い……なんてさ、妙な気を遣う事務所もあるらしいからねぇ。移動中のオフタイムであれこれ出てくる会話なんか、ファンが聞いたらどう思うんだろ。


「でさ、お嬢。念願の江戸城に来れたわけだけどさ、で?」

「で? て?」

「だから、おばぁに言われてたでしょ。江戸城か浅草行ってこいって。」


 ほんっとにこのお嬢は。


「ああ、アレ。江戸城っても広いもの。でもここはハズレだよ。今はもうただの龍穴だし。おばぁに言われた穴はズレちゃってて、別のトコに移動してる。ついでに言うと、これ以上ズレないように、都庁とかスカイツリーぶっ刺して固定してんの。東京タワーじゃ不足になっちゃったんだってさ。城外に出たら拙いらしいよ?」


 へー、それ初耳だわ。さすが裏側を知る恐山繋がり。固定しようとしてんのかー。なるほどねー。何を? なんて聞きたかないけど、聞きたい気もするよねー。


「もしかして、今年やってた将門のトコの工事も?」

「しらなーい。」


 知ってるよね、そのわざとらしい返事は! 俺には言えないってことらしいけどっ。てか、部外者には口外禁止ってなってるんだろな、そういうの多そうだもんな。

 早足で広場のおよそ端から端までの移動中、息が上がってきて、自然、口数は少なくなる。呼吸を速めたカナメ嬢が、途切れ途切れに呟くような質問をこぼす。


「もう、ユノノンと、アマネちんは、到着しちゃったかなぁ。」

 あっ、はぐらかしたな。

「いんや、まだ大丈夫でしょ。二の丸庭園広いからね。」

 こっちも息切れ間際。日頃の運動不足が祟ってるねー。


 ロスタイムを埋めるために、ロケ隊は目一杯、急げるだけ急いで皇居公園内を移動する。たぶん今日一日分しか撮影許可を取ってないんだろうね。二手に分かれて、著名な怪談話に絞って紹介するだけのつもりみたいだし、一日で充分とか考えたんだろう。


 脱線に継ぐ脱線で時間ロスしまくったから尚更だ。まだ一個しか怪談披露出来てないし。この勝負は怪談話を幾つ披露できるか、ひとつでも多く披露した方のチームが勝ちっていうシンプルなルールだけど、城内に限られるんだよね。

 俺たちはまだ天守の怪のひとつしか出せてない。振袖の方は城外だからカウント無しなのだ。目一杯尺取ったわりに、ね。予定じゃまだ富士見櫓と身投げ井戸が残ってるから、巻いていかねばだ。


 園内の南端にひときわ目立つ建築物が見えてくる。あれが富士見櫓だ。現役で使われているだとかで見学不可なんだけど、それにしてもガードが厳しいな。フェンスで囲って近付くことさえ禁止してるって、こういう番組やってるとなんか別の理由とかも考えちゃうね。


 素早くロケ隊が持ち場展開して、撮影スタート。

 杉山ディレクターからキューが出されるとカメラは道筋を映してから、櫓の全体像を抑えた。続けて、杉山のメガホンが俺に向けられる。出番、出番。


「はいっ、やーっと見えてきました、あれが富士見櫓ですか。現在、内部は非公開ということでね、こうして外からしか見学できません。いや、厳重だな、フェンス越しってのも残念だね。」


 見りゃ解るだろってことを念入りに解説しまして、アシスタント役のお嬢も大きく同意の頷きをね、視聴者サマに解りやすくオーバーアクションで示しておりますわ。


「ジゴローさん、ここの怪談話って何があるの? 幽霊でも出る?」

 さっそくのアシストありがとう。


「いや、なんでもこの櫓付近のどっかの土手がね、ほら、お掘りから見たら石垣の際にあるんだけど、庭園内から見たら割と盛り土がね、周囲を囲んでるでしょう? このどこかが崩れたことがあったんだよ、大正12年の関東大震災の時だっけかな。」

「へー。あの土塁の向こうって、そのまま石垣なんだよね。」

「気付かず登ったら危ないよね、だから今は立ち入り禁止なのかもね。」

 ちょうどいい塩梅ですぐ登れそうな傾斜の土手なのだ。話が脱線したな。


「関東大震災の際、崩れてしまったその土手の中から、なんと白骨化した遺体が16体も出たんだそうだよ。しかも正体不明。」

「ぎゃーっ。」

「人柱か、何かの事件か、諸説はあるものの真相は今もって不明なんだってさ。」

 そういやひとつ思い出したところの七不思議も追加しとこう、ついでに。


「この向こうはもうお掘りなんだけどさ、江戸城の濠割りにも七不思議のひとつがあるんだよ。河童が住んでたそうだ。神田に住んでいた浪人者が、ずぶ濡れの子供を助けてやろうとしたところ、危うく引きずり込まれそうになったんだってさ。」

「うん、確かにこの広さだったら河童くらい居そうだけどさ。それより、白骨死体の話はどうなったのさ、まさかそれで終わり?」

 厳しいなぁ。出典の本にはサラッと書かれてあるだけなんだから、出来たら突っ込まないで欲しかった。


「知られてる話ではそのくらいだけどね。だけどよくよく考えるとおかしな点がいくつかある話なんだわ、これ。」

「おかしな点って?」

「まず、明暦の大火ってのが起きた時には、天守の方はもう再建を断念したって話はしたよね?」

「三度も燃えたからもういいやってなったんだっけ?」

 ちげーよ。


「街の復興を優先するためっていうタテマエになってるけど、なんとこっちの富士見櫓の方は、ちゃんと再建したんだよ。おまけに以後はこっちを天守の代用としてる。」

「え? なんかおかしくない?」

「そう。この櫓は普通の城の天守とさほど変わらない立派なもので、江戸城の天守は放置だったくせにこっちは修復したってのは何かありそうだよね。代用なんだったら、後から天守を再建したって良さそうなのに。そして、例の16人だ。この時に発見されてもおかしくなさそうなのに、なんで? て、思うよね。」

「そもそもいつ殺された人たちなのか、解んないんだっけ?」

「その辺の情報はいくら探しても出てきませんでしたっ。」

「ええ? なんで、なんでっ?」

「宮内庁の発表と、書籍の情報が大きく食い違ってるんだよ、現在。」

「おおーっ、」

「なので、この富士見櫓の怪談はこれでおしまいっ。次のポイントへ行くよ。」

「深入り厳禁? うわ、なんかコワっ。」

 うん、いいじゃん、ミステリーっぽく纏まったよ。


 現在、富士見櫓の説明は加藤清正が築いた石垣はまったくの無傷だったとされているけど、古い資料本によると大きく破損したと書かれているんだよね。まぁ、数行程度の記述でさらりと流されちゃってるから、こっちが正しいとも言い切れないってコトで、正真正銘のミステリー案件ですわ。


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