大奥ミステリー事件簿 -四- 「身投げの井戸」

 さて、次の撮影ポイントは一旦天守跡に戻ってその隣りにある東御苑だよ。そっち先に行けばもっと楽に回れたはずなのに、なんで二度手間取らせるかなぁ。


 とか思ってたら、理由が解った。別の局の撮影隊が移動してく後ろ姿が見えた。ブッキングはまあ、ほどほどに在るって程度には珍しいんだけどね。うん。彼らの後ろ姿が完全に景色と同化して見分けが付かなくなるのを待って……。カメラが回り出す。


「はい、カナメくん、このだだっ広い野原だけど何だか解るかな?」

「え? ……野球場?」

「江戸城でサムライたちが野球やってたとか、かなり斬新!」

「でもこんなに広いの、他に思いつかないよ!」


 まぁね、現代のウサギ小屋みたいな住宅事情しか知らないであろう日本の若人たちには想像もつかないよね、このだだっ広い野原がぜんぶ、大奥の敷地だった、なんてさ。

 俺は植木の垣を伝うように移動して、標識を探す。ちゃんとね、お役所が目印付けといてくれてんだよね。ここが大奥のあった場所ですよ、て。

 植え込みに紛れるような位置に木の杭が穿たれて、白いプレートが掲げられている。ここ、ここ。ここですよ。小さくて目立たないから、場所を知ってないと見落とすんだよね、これ。


「ほら、ここに書いてあるでしょ。」

「あー、ほんとだぁ! 大奥跡って! なんかショボいけど!」


 ショボいとか言ってやりなさんなよ、まったくもう。パンフレットにはもっと解りやすく色付き図解付きで解説が書かれてんだけども、景観に配慮だとか何だとかで現物の目印はこんなに目立たなくしてあんのよ。


「カナメちゃんは江戸城趾って初めて来るんだったよね? どう? 感想は。」

「めっちゃくちゃ広くてビックリしてる! ここ、東京のど真ん中だよね? 一番お高いトコだよね、ここの土地って総額お幾らくらいになるの、これ!?」


 いや、番組的には非常にありがたいセリフだろうけどさ、現役のアイドルがカネの話をそんな露骨にしちゃって大丈夫なのか。それでいいのか、ヒキザキカナメ。

 もうこっちは破天荒すぎる発言に苦笑するしかないんだけど、なんとかフォローしますわ。


「文化財だからね、いろいろと税制とか面倒な計算がね。それ以前に日本の大事な観光資源だからさ。お値段じゃないのよ。」


 プライスレス、だ。


 チラリと不自然にならないように視線を流す。杉山の顔色を窺ってんだよ、皆まで言うない。やっこさん、何やらニヤニヤと意地悪坊主の顔してカメラ止める素振りもないけど、ああいう顔してやがる時は要注意なんだよな、長い付き合いで知ったよ。

 なんだろ……、なに企んでる? てか、何かが進行中ってコトだよね、

 と、そこまで思考を巡らせて気付いたわ、委員長チームのことすっかり忘れてた!


 テレビの進行としてもオイシイ場面ってヤツで、俺は必然、何の言及もナシにこの場をスルーするわけにはいかなくなったってコトだよ。勝負の行方的に今まさに大逆転のチャンスだか危機だかの可能性が高い。編集で絶対なんかのナレーション入るヤツー。なのでちょっとワザとらしくお嬢に注意を促してみる。


「おっと、危ない危ない、何か忘れてない?」

 お嬢はキョトン顔だ。

「勝敗は怪談話の数だけど、先に皇居前広場に到着したチームにポイント加算だったよね?」

 さりげなく視聴者に向けてもルール解説のダメ押しを入れる。

 すると再びお嬢が暴走した。

「あっ、そうだった! 急いで話ししなきゃ! 大奥には井戸があって幽霊が出たんだよ、はいおしまいっ!」

 おしまい、て、その返しはないだろ、お嬢! ついうっかり、走り出そうとするお嬢の背負ったリュックをむんずと掴んで止めちゃった。おっとヤバい、のけぞってコケそうになるお嬢をなんとか支えた。

 放送事故寸前だよぉ、ヤバいヤバい。ほんと予測不可能なんだからっ。


 お嬢は怪我しそうだったってのに、まったく懲りちゃいない。体張ってますよ、暴走芝居をまだ続けるつもりだ。


「でもさ、こんな広いのに井戸なんか探してたら日が暮れちゃうよぉ、」

「残念ながら井戸の位置については資料がないからね、探しようがないんだよ。だから、この広い野原をバックにお話をすればオッケーってことになるよ、たぶんね。」

 ふーん? て感じに可愛い子ぶってお嬢は首を傾げる。ほんと体張ってんなぁ。


 杉山Dが満足げに何度も頷いてんのが見えた。我が意を得たり、て感じ。


 番組のルールで、怪談話は城内に限るの他に、現場で話すことってのが付け加えられているのだ。だから天守跡から富士見櫓まで移動してまた戻るなんて面倒なことしたんだよね。なのに現物の井戸はひとつも残ってないんだもん、その説明代わりの茶番劇ってワケだね。

 そんじゃいきなりだけど怪談話に入りますわ。お嬢はまだまだ爪痕残す気みたいだし。俺がセーブしなきゃ、どこまでも掛け合い漫才が続いてしまう。


「じゃあね、お嬢。本題に戻るけども。ここに大奥のだだっ広い御殿が建ってたんだわ、こんな風にね。」

 今はなんも映ってないけど編集の際にCGの奥御殿が映し出される予定。

「わぁ、スゴーい。ほんと、大きい建物が建ってたんですねー。」

 しらじらしいお嬢のコメント。ここまではさっき突発で打ち合わせた通り。

 CGの方を動かして御殿の一角へ移動するって予定にしたから、俺たちはこの場で足踏みをしていかにもな映像になるよう協力するよ。さっさかさーっと。


「さて、ここが問題の井戸です。大奥では女中たちがね、それぞれの事情で世を儚んで命を絶つということがよくあったそうなんだわ。で、井戸に身投げするってこともわりとあったらしくて、暮れ六つって言って、今の午後6時頃だけどさ、ぜんぶの井戸に蓋をして錠をかけることにしたんだってさ。」

「へー、厳重に管理するようになったんだ。」


「で、ある日、飛鳥井というお中老だかの偉いさんに仕えていた女中の一人が姿を消して見つからなかったんだって。深夜になって屋外で叫び声が聞こえると言って、大奥に詰めていた男の役人たちが出所を突き止めると、錠をかけたはずの井戸の中から聞こえてきたんだ。慌てて蓋を開けてみると、中で行方不明になっていた女中が助けを求めて叫んでいたんだって。」


「えー! でも、蓋がされてたんでしょ? どうやって中に入ったの?」

「それが怪談たる由縁だよ。女中が言うには、小袖を着た女が井戸の傍に立っていて不審に思って近付いたんだって。そしたら落ちてたんだそうだよ。」

「井戸に触ってもないのに? なんで?」

「さぁねぇ、でも怪異ってそんなモンでしょ。しかも、後にこの井戸には12名もの女中が飛び込んだものだから、気味悪がってそのうち埋められたんだってさ。」


 ここで予想を裏切るカットの声。こんな場面で切られると思わなかったけど、カンペには殴り書きの大書で、”後、ミニドラマで処理します”の文字が踊ってた。

 これで俺たちのやる怪談話の予定はすべてクリアだ。後はゴールの皇居前広場に向かうだけだね。お嬢は勝ちを確信してるようで、スキップでもしそうだった。


「やった、これで一歩リードしたよね!」

 ひと段落おちついたのは確かだから、スタッフも心なしか皆安堵の顔だよ。


 さて、ユノノンたちはどの辺りに居るかな。めぼしい怪談話はあと、”宇治の間”と”駕籠の怪死事件”くらいだと思うけど。殿中で御座るで有名な、松の大廊下跡がノルマに入ってるはずで、どこかですれ違うかなと思ってたんだけどな。


 なんせ番組的なメインといえる怪談話は二つともあっちチームなのだ。だからお嬢なんかは爪痕残そうとしてなりふり構わないって感じだ。

 確かにあの二つの話に比べたら、今までのヤツはインパクトがショボ過ぎて視聴者は絶対忘れそうだもんね、はは。


 俺としては、インパクトで張れるんじゃないかって思う振袖怪談がさ、せめて採用されますようにと祈ってる次第ですよ、お嬢のためにもね。

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