妊娠38週 百話目の呪い

 逸郎さんと、……この人に一生付いていこうって決めたんは、そう言えばあのサイトの顛末からやわ。ずうっと忘れてたんよ、卒論書き終わったとたんに用無しやったし。

 現金なもんで、終わったとなったら一切思い出せへんのやから、ほんまにしょうもない話やわ。せやけど、院を卒業して社会人一年生で、逸郎さんとのお付き合いも順調やった一年目の話やけど、ほんまに久々にあのサイトを覗かないけへんようになったんよ。


「桂子が行方不明って、ほんまやの?」


 桂子は、大学院時代に仲良くしてた友人の一人。オカルトが大好きで、卒論の関係でよく話とか聞かせてもろたりしたんよ。


「やっぱり沙紀も知らへんかったんや。どこ行ってしもたんやろ。親御さんもぜんぜん連絡貰えへんらしいんよ。あの子、そういうことはしっかりしとったはずやのに。」


 共通の知人やった満里奈から連絡を受けて、ほんまに久しぶりに会ぅてみたらこんな話が飛び出してくるんやもん。場所は確か四条河原町の喫茶店やった。大事な話があるとか言うから何かと思えば、桂子のことやったみたい。

 顔付き合わせて、互いの近況を語りおうて、次の話題と思たら単刀直入に聞かれた。


「沙紀、あんた在学中に何やらいうオカルト系のサイト教えてくれたやんな? ほら、”隠しページです”たら言う……、」


 ウチが頷いたのを確かめてから、満里奈は続けて言うた。


「あれ、結構いろんな人に広まっててん。ウチもな、友だちとかにどんどん広めたんや。人から人へと広まったみたいで、そのうちにな、なんやヘンな噂を聞くようになったんやけど、あんた、それ知ってる?」

「なんやの? 知らんうちにそんなんなってるやなんて、今、初めて聞いたわ。」

「せやろな、当時はそんなに親しくもなかったし、わざわざ耳に入れるのも変やて思て、ウチも黙ってたんやけど、やっぱり誰も教えてくれへんかったんやね。」


 聞きようによっては、ウチが友だちおれへんみたいな言い方やねんけど、そうやのうて、当時からウチが怖がりなんは友だちの間でもよく知られてて、それで皆遠慮して教えへんかったんやと思うんよ。……たぶん。


「もう、何人も行方不明になってるとかいう噂なんよ。桂子だけとちゃうらしいんよ。ただの噂やと思うし、調べるのも怖いから確かめてはおらへんのやけど、皆、あのページの百話目を見てしもたんちゃうかって言われてるんよ。」


 思わず息を呑んだし、満里奈の顔をまじまじと見つめてしもうた。とても信じられへんかった。ウチの目を見て何か察したんやろか、満里奈はさらに捲し立ててきやった。


「ほんまやのよ、これ。ウチかて、他の人から聞いて心配になって桂子に連絡したんやから。あの子があないなことになってるって知って、それで直接あんたに連絡したんや。」

「桂子はほんまに、あのページが原因で失踪したん? 悪いねんけど、ウチの周りでそんな話、一度も聞いたことないんよ。色んな人に広まってるのは知ってたけど、そんな話一度も……」

「ウチかて桂子のことが最初で最後やわ。けど、なんであの子やのよ。なんで。」


 堪えきれへんかったんか、満里奈は涙を浮かべたんよ。ウチは、二人とはちょっとした知り合い程度の間柄やったけど、二人は親友なんやって、後から思い出したわ。


「ちょっと待ってや、満里奈。まだ解らへんやないの。根も葉もない噂なんか信じたらあかんえ。桂子かて今は連絡が取れんだけかも知れへんし、勝手な憶測だけやん。あのページが失踪事件と繋がるやなんて、そんなんあり得へんよ。」

「沙紀、あんた百話目読んだ? ウチは読んでへん。けど、あの子は読んだって言うてた。山科にある古いお寺の怪談話やった、て聞いたんよ、ウチは!」


 そもそもあのサイトのURLを知ってる者は少ないはずなんよ。噂話は尾ヒレをつけて、噂を聞いただけの者やら、ネットの隠しページやてことさえ知らんで話してる者やら、ぜんぜん違うトコの話と混ぜこぜにした話とかまで、もう一年が過ぎる頃にはワケの解らんコトになってしもてたけど。


「百話目のタイトルだけやったらウチも見たけど、あれは百物語のはずやろ?」

「知らへんよ、ウチは最初の何話かで見るの止めたクチやもん。せやけど、桂子はほら、あの子はオカルト話とか大好物やろ? 全部の話を読んだって自慢してたくらいや。」


 ウチは再び絶句してしもた。百話目どころか、最後まで全部読んだ人間がほんまに居たやなんて、それもこんな身近に。


「サイトの噂話は知ってるけどURLまでは知らんて言う子とかはこんな風に言うてるらしいんよ。所在まで知ってて、その上に百話まで見たような人は少ないはずやて。その証拠に百話目の話がどんな話なんかはとんと聞かへんって。それで、きっと百話目を見たら消されてしまうんや、て。」

「消されるて、誰によ?」

「知らへんよ! せやけど、現に桂子はおらんようになったやないの!」


 この頃になるともう、偶然やと強気に言い張ることも出来ひんようになってしもてた。だんだん疑う気持ちが強ぅなって、ほんまに何かが、超常的な何事かが起きたんと違うやろうかって、常識で測れんこともあるんちゃうやろかってそう思い始めてた。


 とにかく、桂子からもし連絡があったらすぐに教えるて約束だけして、その日は満里奈と別れたんよ。なんやもう頭の中がぐちゃぐちゃで、よせばええのに帰宅してからすぐに例のあのサイトのURLを探してたわ。

 確か、パソコンのブラウザに記憶させてたはずで、不要になったブクマを大量に放り込んであるフォルダの中にいつものように移しておいたはずや、て。


 クリックしてみたら、今も変わらず「ここは隠しページです」のタイトルや。他の、サイトトップへのリンクなんかは切れてんのに、蒐集された怪談話へのリンクだけは全て生きてる。

 ずーっと下へスクロールさせていって、百話目のタイトルを確認しようとして、目に入ったその文字リンクを見て、ウチは思わず悲鳴を上げてた。


 青くないとおかしいはずのそのリンクは、真っ赤やった。

 嘘や、ウチは読んでない。読んでないはずやのに。


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