妊娠37週 ”ここは隠しページです”

 実家にいた頃の話やの。今から数えて何年前やったやろ。そんな昔から悩まされてるやなんて、ため息しか出ぇへんのやけど。


 ウチは大学院生で、卒業が近かったんやわ。民俗学を専攻してて、卒業論文のテーマには怪談話に関係するものをと考えててん。今思えば、怖がりのくせになんであないなもんを選んだんか、よぅ解らへんのやけど。


 フィールドワークで楽をしようと思て、地元の話で収めとこうとか思ったんもアカンかったんやろか。図書館へ行くでも実地調査するでも、近場で済ませようなんてずぼらなこと考えたバチやったんかも。

 ネットで適当に検索を掛けて、めぼしい怪談話を拾ってきてはアタリをつけて裏取りをして、創作モノには思えへん話だけ集めていく……そんな地道な作業をしてた時やったわ、奇妙なサイトを見つけたんは。


「”ここは隠しページです”……?」


 何やろか、誰か先達がおりはったみたいで、そのホームページには夥しい量の怪談話が蒐集されてたんや。目次に並んだリンクはざっと見ただけで百は超えてるようやった。それら一つひとつが怪談話で、先人による評価が括弧付きで記されてた。ABCやのうて、古風に甲乙丙の漢字ひと文字が付けてあるていう凝りようや。それと、奇妙やねんけど、隠しページとあるくせに、本家のサイトとはリンクが切れてるみたいで玄関先に当たるホームページは見あたらへんかった。


 アップされた日付を見たら、二十年近くも前のやったし、これなら参考にさせてもろても支障ないんちゃうやろか、と悪い気持ちが起きてしもうた。丸々パクるわけやない、ちゃんと裏取りをして本物そうなのだけを、正規の出典元を付けて発表するんやさかい、問題ないと言い聞かせてそのサイトを読み始めたんや。


 ページを開いたとたん、なんやゾワゾワしたもんが背筋を這ぅてきて、まだ読んでもおらんのにけったいな話やなとか、自分でもおかしかったもんや。今思えばあれは危険を感じてたんかも知れへん。


 それからは夢中になってリンク先のお話を一つひとつ確認させてもろうた。荒唐無稽なお話やら、なんやほんまにありそうな話やら、それが筆者の例の甲乙の評価ともピタリと一致してて、感心するやら驚かされるやら。一番高い評価になる「甲」のお話はさすがに胆が冷える怖さで、しかも本物らしい話に共通の、いつどこで誰が目撃したかまで正確に記されてたわ。


 そうするうち、いつの間にやら、そのサイトの怪談話をほとんど読み尽くしてたんよ。最後の方に近付いてることにウチはぜんぜん気付けへんかった。リンクの青文字が「百物語」というタイトルやったさかい、そこでふと我に返ったんよ。

 既読のリンクは赤文字に反転するようになっててんけど、目次のそのページが、今や真っ赤に染まってるってことに初めて気付いたんや。

 えも言われぬ気持ちの悪さを覚えて、結局、百話目のそのお話は読まへんかった。


 せやけど、思えばちょうどその頃からやわ、普段のなにげない時に誰かの視線を感じるようになったんは。最初は大学のキャンパス内だけやったのに、じわじわと学舎以外の場所でもヘンな気配を感じるようになっていったんよ。


 馬鹿げたことやし、具体的になんかがあったとかでもないしで、誰にも相談できへんかった。姿があるわけやない、被害が出たわけでもない、友だちに言うたらただの思い過ごしやて笑われた。そやけど、ずぅっと誰かがウチのこと視てんねん。


 卒論のこともそうや。他で資料に当たろうともしたんやけど、妙に邪魔が入ってきて思うように進まへんなんてことが何度もあって、あのサイトに引っぱられてるんやないかって、これ、被害妄想やんね。教授もイケズしてはるわけやないんやろけど、なんで百物語に触れてへんのや? なんて聞かはるし……。なんや、読まなあかんように、読まなあかんようにって、誘われてるような感じがしてすごく怖かったわ。


 嫌な偶然やて、それで片付けてはおったんやけど、あのサイトの続きはなんや気色悪ぅて読まれへんかった。何度かはリンク先をクリックしよかと思ったりもしたんやけど、なんやその度に、あかん、あかん、って心が警鐘を鳴らすとか言うのん? そんな具合で結局最後まで百話目は覗かず仕舞いや。今も探せばあるんやろか、あのサイト。もし、誘惑に負けて百話目を開けてたら……どないなってたんやろ。


 それに、同じゼミの友だちとかにも、面白いサイトがあるよって勧めてしもたんやけど、それが予想したより多くの人に共有されてしもうたんやけど、あれもどないなったんかそこから先の話は聞かへんかった。忘れた頃に来るもんやねんね、災いっていうのんは。


 そやけど、ウチの周りに感じてた視線は、逸郎さんに出会ってから少しマシになったんよ。ほんまにちょっとの間だけやったけど。なんや、よぅ効く魔除けやとかで、お札をもろて、それで一時期はぴたっと止んでたんやけどね。お札にも使用期限があるんやろか、いつの間にかまた視線は復活しとったわ。逸郎さんも首を傾げて、おかしいなぁ、て言うてた。



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