第十一夜 牛御前

 ここのところオフの日でも忙しくしてたから、姐さんと呑むのは久々に感じられる。相変わらず唐突なんだよなぁ。いきなり仕事終わりにお誘いの電話なんて、普通の芸能人なら都合が空いてないよ、普通は。

 俺は無理やりにでも空けるけどさ。


「なんであんな化け物が浅草に居るのかって、俺、ちょっと調べたんすよ。本当に本物なのかとか、……いや、本物ってのも語弊があるな、浅草にそれっぽい怪異譚があったのかどうかって言う方が正しいかもだけど、アイツの正体が知りたいっていうかで。」


 解るでしょ、とばかりに話を向けると姐さんはウンウンと聞いてんのか聞いてないのか定かでないテキトー極まりない態度で首をカクンカクンさせててさ。ちょっと聞いてる? 姐さん。


「そもそもね、姐さん。俺はさ、霊現象には種類があるんじゃないかと思ってんですよ。ひと口に霊の仕業と言っても、霊の在り方に違いがあるっていうか……。以前からそういう考えを持ってたんだけどさ、実は。」


 あの化け物の話をするには前置きで解決しとかなきゃいけない事柄がある。解釈違いがあったりしたら、ヘンな具合に話がややこしくなるからさ。ほら、オカルトって大抵は科学的な実証がされてないし、そもそも統一した見解を出せるかどうかすら解らないと来てるから、見えない世界のものってことで解釈が分かれ易いんだよな。


「色んな話を聞くうちにさ、何通りかに分けられるなと思ったんだよ。ずーっと変化がない霊は残留思念で、会話が可能なヤツとかは本体って具合に、何通りか解んないけど、存在の方式そのものが違うヤツが居るんじゃないかって。」

「じゃあ、浅草で出会ったカレシは本体だったと思ってるんだ?」

「あんまり考えたくないけどね、そうだと思う。」


 お猪口をくぃと傾けて、熱燗の辛口をいただく。さっきまでビールを流し込んでいた腹がじんわりと温まってきた。なんかツマミが欲しいとこだな。隣の姐さんはジントニック片手にピスタチオをコリコリいわせてる。真面目に聞いてくれてるのかどうかも怪しいもんだけど、考えてみりゃ何でこんな話になったんだっけか。


 あの化け物も、もしかしたら化け物なんかじゃなく普通の人間で、掛け軸の話を知ってたのもワンチャン、リスナーということもありうるとか自分を誤魔化したりはしてたんだけど、どう考えたって無理がある。すぐ目の前にいたのに忽然と消えてたり、見えてるヤツと見えてないヤツが居たり、どこをどうひねくり回しても、正真正銘のバケモノという考えがこびり付いていて拭えないんだよなぁ。


「それでさ、浅草に何かその……特に、牛に関する何かがあるのかと思って調べたんすよ。」

「ふぅん、それで?」

「あったんす。あったんすよ、牛の化け物に寺が襲われたとかいう話が。どうやら鎌倉時代当時は、隅田川を挟んで武蔵国と下総国とでいがみ合ってたらしくて、水軍を擁しての戦いが繰り広げられてたとかいう話で、その頭領格に名が上がってたんですよ、牛御前ってのが。なんとこれ、酒呑童子の件で有名な源頼光の弟だそうです。」

「実在の人物っぽいのが出てきたわねぇ、」

「でしょ? これがさ、なんだかんだあった挙げ句に結局は滅ぼされたらしくて、その怨念が洪水を引き起こしたとかで、今でも浅草寺に祀られてるんだって。」

「じゃ、その弟クンで一件落着じゃない? ダメなの?」


 姐さんはまたぞろ、いつだったかのように曖昧模糊というか、フワッとした微笑みで俺を見た。何もかもをチャラにしたくなる魅惑の微笑だ。ええい、もう、牛もナマズもどうとでもなれーっ。と、言ってしまいたいなぁ、ホント。


「ダメなんす。……ダメっぽいんだよね、あんにゃろの言いようが気になって気になって。まるで他人事みたいな言い方してたのも気になるし、ナマズってのは沼女のことに違いなくて、なんでお前が知ってんだって感じっすよ。そんでそこに、なんで俺ん家の掛け軸が絡んでるんですか、って。さっぱり解らん。」

「んふふ。それはねぇ、ジゴローくん。」


 姐さんのしなやかな指先が、お猪口を摘まんだ俺の手をゆっくりと這う。


「これはね、聞いた話よ? 以前、どっかの偉いお坊さんだとかと会う機会があったのね、偉い上に凄く霊験あらたかなお坊さん。」


 姐さんの”とっておき話”が始まった。


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冥界ラジヲ 柿木まめ太 @greatmanta

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