大奥ミステリー事件簿 -六- 「駕籠の怪」Ⅱ
先にちょっとだけ練習しておきたいんだよね。信用してないわけじゃないんだけど、打ち合わせ通りにセリフを言ってくれるかどうか不安だから。昨日、二人で決めた台本のセリフをユノノンに投げてみた。ちゃんと聞いててくれますように。
「……と、こういう事件があったと言われてるの、ユノノン。どう思う?」
突然ふられたからか、ユノちゃんはキョトンとしてる。でも私が台本を振ってみせるとすぐに気付いてくれた。
「あー、リハだね。うんとね、正直に言うとね、ユノ、わかんないです。」
「わかんないで済ませると番組終わっちゃうし、映してもらえないよ、ユノノン。」
いきなり打ち合わせと違うじゃない、ユノノン。
「あ、そうか。じゃあねぇ、んーとねぇ、ユノはこれ、密室殺人だと思ったよ。昔の話だから尾ヒレが付いてるんだけど、でも箱に入った駕籠の中から死体が見つかったのは本当だと思うから。大勢が関わって隠蔽工作したんだったらさ、大奥って陰険で嫌な場所だよねー。」
あ、思ったよりマトモな答えだった。
「ユノノンは人の仕業だと思ってるんだ? でもさ、ユノノン。それじゃぁ、掻き毟られていたっていうのはどうなの? 全身が血まみれになるほどって言うんだから、人間の仕業とは考えにくいよ。」
全身を掻き毟られていたという話をした途端、ユノちゃんは鼻で嗤った。
え、今、嗤ったよね、見間違い? ユノちゃんらしくない、なんか怖い感じの顔だった気がしたけど。ほんの一瞬のことで、今はもういつものポケッとした顔に戻ってる。
「あのね、ユノね、お猿さんはここには来れないと思うの。もっと強いのが居るし、どっちも血の気多いんだよね。それがさ、今、縄張り争いでバチバチだから、喧嘩売りに来たって思われたら損だし、近寄るわけないと思う。」
「ユノちゃん、それ、何の話?」
「牛の話。ナマズと牛が喧嘩してるから、この辺。」
「……牛?」
またユノちゃんがワケの解んない話をしだした。どこで聞いてきた話なんだろう、カナメも知ってる話かな。都市伝説とか、すぐに私の知らない話が増えて嫌だ。
「アマネちん、ここでネガティブになったら増幅しちゃうから止めといた方がいいよ。ここはそういう場所だからずうっと封じてあるんだからさ。」
「封印ってなに? ここは江戸という都市の礎になっている場所じゃないの?」
「反転させないようにしてるだけだよ。」
地面がぐらりと揺れた、気がした。
気を取り直して。そうだよ、ヒントは幾つもあったよ。どこの情報なのかも出来れば聞きたいところだけど、ユノちゃんに質問する時に複数の事柄を同時に言うのは絶対にダメ。ぜんぶ混ぜこぜになっちゃうから。順番に聞かなくっちゃ。
「ナマズっていうのは、アレだよね? こないだジゴローさんの番組で言ってた沼女のことでしょ? 反転して牛になるってこと? 牛って何の象徴なの?」
しまったかも。焦って質問混ぜちゃった。
「牛は牛だよぉ。ナマズも。ナマズのままだと牛には絶対に勝てないよね、牛めちゃんこ強いもん。鎌倉時代にね、お坊さんが連れてきたんだよ。外の国から。その時はね、もっと外れにいたから大丈夫だったのに、別のお寺に移しちゃったの。でもそこってさ、ナマズの縄張りだったからもう大変だよ。」
それってどこのこと!? 何の話をしてるの、ユノノン!
「お坊さんって、どこのお寺のお坊さんなの? ユノノン。」
「古いお寺。」
そうじゃなくって。
「古いお寺はたくさんあるよ、ユノノン。」
「今日、この撮影終わった後で行くよ?」
それ、浅草寺じゃない。……牛、が居るの?
驚きの展開で呆気に取られてしまって、言葉が出なかった。そこへ監督の指示を伝えにADさんがやってきて、そのまま話は有耶無耶に終わっちゃった。
「いやー、待たせちゃってごめんよ。そろそろ再開するって。」
ADさんの声に愛想よく笑みで応えて、まだ座ったままでいるユノちゃんを引っぱって立たせた。ユノちゃんはマイペースだからこういう阿吽のような行動は苦手で、だから私たちでフォローしてあげてる。案の定で、また例の植木を見てたみたい。
「ユノノン、さっきからあそこに何がいるって言うの? 絶対、何か居るんでしょ?」
もしかしてお猿さんとかいうのだろうか。とか期待してる。突拍子も無いことを言うのはいつものことで、そういう不思議発言もファンにとってはユノちゃんの魅力らしいから。私は翻弄される役回りで、それがお約束になってる。
「ユノは何も見えないよ。カナメちゃんがそう言ってたでしょ?」
「ううん、絶対見えてると思う。どうして嘘ついてるのか、解んないけど……」
カナメが騙される相手なんて私はこの子しか知らない。あの子も不思議な力を持っていて、きっと霊能者だというのも本当だと思ってる。そのカナメが言ってたよ、ユノノンには得体の知れないモノが憑いてるって。きっとそれが嘘を吐かせてるんだって、そう思ったの。だって、カナメはその発言をまるごと忘れちゃってたんだもの。
まっすぐにユノちゃんの目を見てた。ロケが始まる前に、答えて。
「本番開始しまーす! 二人とも、こっち来て!」
私とユノちゃんは声のした方へ同時に振り向いて、大きな声で返事をした。新人タレントなんて掃いて捨てるほど居るんだから、少しでも印象を良くして、少しでも発言して、なんとか爪痕を残さなきゃ。
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