大奥ミステリー事件簿 -七- 「駕籠の怪」Ⅲ

 私たちは野原の真ん中くらいに移動した。カメラさんは簡易テントを画面に入らないように位置取ってから構えた。

 番組放送時は、別撮りしてあるドラマが先に流れる段取りだ。私たちはそのドラマの感想を、現代に時を移してという体で述べる。私のセリフで始まるから、監督の傍のカチンコに意識を集中していた。


 スタートの合図が出た。


「と、こういう事件があったと言われてるの、ユノノン。どう思う?」


 ユノちゃんはキョトンとした顔をして、それから首をかしげた。その仕草は芝居なのか本気で質問の意味が解んないのか、どっちなのかヤキモキさせてくれる。お願い、ユノノン、打ち合わせ通りに答えてね。


「んーと、これって、もしかして……殺人事件ですか?」

「そうじゃないなら何なのか私が知りたいんだけど。」


 ユノちゃんの回答を受けて、私はちょっと困ったような仕草を作った。

 良かった、ちゃんと台本通りに返してくれた。


「この事件はね、完全な密室の中で起きてるのよ。大昔の、それも噂で伝わってるだけの話だから真実かどうかは言えないんだけど、でもこんなに厳重な密室ってなかなかないよ?」

「へー、小説みたいなヤツですか?」

「そうだね、ミステリー小説でもここまでのモノはお目に掛かれないかも。」


 ドラマの中で展開される殺害現場の状況は、ミステリーにはあまり興味がない私ですら興味をそそられるものだった。まず、死体が入っていた駕籠は、四人もの男性が担がなければ出せないような重量だと示されていたし、血溜まりの様子からいっても殺された場所は間違い無くこの駕籠の中だと示していた。

 いったいどうやって、こんな狭い中で被害者を切り裂いて、しかも桐の箱に収めたと言うのだろう。ここまで完全で不思議に満ちた謎は滅多にないと思ったくらい。


「さっき見たでしょ、四人の男性が担いで出したんだよ? その駕籠も入れ物だったわけでさ、二重密室ってヤツ。ううん、この駕籠が仕舞われていた道具部屋も鍵が掛かってたんだから三重の密室なんだよ、これ。」


 暗記しておいた台本のセリフを、私が興奮気味に告げると、ユノちゃんも急に興味が出てきたかのようなお芝居で前のめりに頷いた。


「うう、よく解んないけど、すごいことです?」

「すごいってより、ありえない状況だよ、ユノノン。もし、これが怪異の仕業に見せかけた人間の犯罪だって言うなら、よっぽど大掛かりで、しかも大勢の人間が関与してないと実現不可能なんだもん。隠蔽するだけでも無理がありそうな状況だよ。」


 ……あれ? 私のセリフ、こんなにあったっけ?


 ふと覚えた違和感は、現場の緊張感ですぐにたち消えた。

 ユノちゃんは狼狽えたみたいな挙動不審の仕草をした後で、「へー、」とだけ答えた。その反応も意味が解んないけど、なんかユノちゃんらしいとか思えてきちゃう。不思議少女だなぁ、なんて。


「はい、カット! お疲れさん、二人とも良かったよー。」


 撮影が終わって機材が片付けられ始める。まだ宇治の間の怪談と呼ばれるとても有名な話があるんだけど、それはエンドロールを交えて番組のラストを飾ることになっていて、コメントは挟まれないそう。仕方ないけど、私たちの出番もこれで終わり。後はちょっとでも多く使ってもらえることを祈るだけ。


「アマネちん、なんかしょげてる?」


 わあ、珍しい。ユノノンが気を遣ってくれるなんて。


「ううん、別に。たださ、なんか台本の中身が違うような気がしちゃって……」

「えー? これ? ……もらったヤツだと思うよ? なんで?」


「そうかなぁ……。なんかさ、もっとアバウトっていうか、あんまり指示がないもんだから、私ユノちゃんと相談してどういう段取りにしようかって、二人で話したような記憶があるんだけど……?」

「知らないよぉ、怖いこと言わないでよぉ、最近アマネちんも脅かすからヤだー。」

「ご、ごめん、ユノちゃん。きっと私の勘違いだわ、なんかヘンな感じがしたもんだから気になっちゃったんだけど、現物の台本があるんだもんね、勘違いだね。」


 なんか納得はいかないのだけど、ユノちゃんが怖がるのも可哀想で、私が妥協すれば済むかと思ってそう言ったの。


「わかった、それはレイラインがズレちゃったことで起きたポールシフトだよ。次元が移って、アマネちんは別の歴史の軸に移動したです。」


 わぁ、またヘンなこと言い出した。


「アマネちんの記憶ではきっとオーストラリアは太平洋のど真ん中あたりにあるでしょ? ニュージーランドは名前だけ知ってて、地図ではどこだか解んない。そんで極めつけに、京都は府じゃないと思うです。だけどそれはマンデラエフェクトと呼ばれるもので、記憶齟齬とか言われてます。だけどほんとは違うくて、平行世界の記憶です。アマネちんは別の地球の記憶を持っていて、きっと、たぶん、また別の地球にズレ落ちちゃったです。」


「うん、落ち着こう、ユノノン。」

「トカナに載ってたから間違いないです。」


 ああー、知ってるそのサイト! なんか嘘くさくても基本面白かったら何でも載せちゃうあのサイト! ……きっとカナメが教えたんだ、もぅっ。



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