大奥ミステリー事件簿 -八- 「牛、馬、狸、石の怪」

「えーっと、私たちが紹介した怪談話はこれで幾つだっけ?」

「四つだよ。駕籠の前に、たぬきと馬と腰掛け石やった。」


 なんか動物率高いなぁ……。今日、動物の名前だけで四つも五つも聞いてる気がする。たぬきに牛に馬に、あとなんだっけ? あれ? 牛ってなんの話だっけ? 疑念が浮かんだそのタイミングに被さるみたいに、ユノノンが呟いた。


「お馬さんが鳴くと落馬する話とね、たぬきのイタズラと、手打ちにされた小姓さんと女中さんが化けて出てくる話だったです。」


 そう……だったっけ? 緊張してるのかな、私。なんだか記憶が曖昧だな。すごく出番が少ないような気がしてたけど、こうして振り返ってみると割と出てるみたい。変な感じだけど、良かった、ホッとした。


「アマネちん、顔が笑ってます。どしたですか?」


 やだぁ、そんなトコだけ見てないでよ、ユノちゃん。顔が自然に緩んじゃって、恥ずかしいなぁ。話題変えちゃえ。


「なんでもないよっ。えっと、あとはジゴローさんのチームより先にゴールしちゃえば私たちの勝ちだね。」

「勝ったら何かあるですか?」

「やだ、ユノちゃん。ほんとに聞いてなかったの、ルール。勝ったチームはご褒美に門前町でうなぎが食べられるんだよ。」


 ユノちゃんの目が心持ち大きく見開かれた。ほんとのほんとに聞いてなかったんだ、番組の進行予定。もともとこの番組自体がスポンサーの宣伝を兼ねていて、全体の尺のうち、三分の一は門前町案内に当てられることになってるんだよね。その目玉商品がうな重。勝ったチームが食べる権利を与えられるってことになってる。

 まぁ、事前にVTR流す段取りで説明は軽く流しちゃったから、ユノちゃんが聞いてなかったとしても仕方ないかも、なんだけど。


「急いで皇居前広場まで行っちゃおう、ユノノン。勝って絶対にうなぎ食べようねっ。」


 もうユノノンは返事もせずに一目散で走り出してる。ぞんざいにコクコク頷いただけじゃ、返事したことにはならないんだよっ。

 まさか公園まで走る気なの、ユノノン、バテちゃうよー。


 スタッフの皆がユノちゃんを追いかけて走りだす。慌てて機材を抱えたカメラさんの口が、カンベンしてよ、と動いた気がした。とんでもないハードなロケになっちゃった、うちのユノノンがほんとにすみません、皆さん。


「ゆ、ユノちゃん……!」

 やっと追いついたユノちゃんに、声を掛けたらトコトコ歩いてくる。息も切らしてないなんて、いったいぜんたいどうなってんの、あなたは。


 途中でバテると思っていたのにユノちゃんはどんどん先へ行ってしまって、私たちが追いついたのは皇居前広場に入る手前でだった。ユノノンは広場の傍にある日陰に入って待っていたんだけど、隠れるみたいにしてるところを見るに、さすがに一人でのこのこ出ていくのはマズイと思ったみたい。


 そう、残念ながらもうジゴローさんとカナメのチームは広場に到着していたのでした。ウナギは残念だったね、ユノノン。今度私が奢ってあげるから、そんなにしょげないで。


「ウナギ、食べられないですか?」

「負けちゃったからね。」


 私たちのそんなやり取りをカメラさんがここぞとばかりに撮影していた。このシーンはきっと放映されるよ、ユノノン。


 得点の計算方式がちょっと変わっていて、怪談話がひとつ1点なのに対して、先にゴールしたチームには5点も加算されちゃうんだもん、たぶん負けちゃったと思うんだよね。

 目に見えてしょんぼりしているユノノンの肩を抱いて、励ましながらジゴローさんとカナメのチームに合流しに向かった。気付いた二人が笑顔で手を振ってる……けど、なんか勝ち誇ってるみたいに見えて、ちょっと悔しいかな。


「浅草寺ではもう勝負はないですか?」


 ユノちゃんの問いかけに私は首を横へ振る。残念ながら勝負はもうおしまい。とは言え、ついついムキになっちゃうから、私としてはこれでようやくひと息つけるなぁ、なんて感じだけど。


 ロケはこれで一旦終了。場所を移して次は巣鴨と浅草寺での撮影になる。お寺自体はほんの一瞬しか撮らないそうだけど、別撮りでしっかりPRはするんだそう。

 そう言えば、お寺とかお城が嫌いなんじゃなかったっけ、ユノノン。江戸城はどうだったか聞いてみようかな、とか思ってたら、ジゴローさんに先を越されちゃった。


「ユノちゃん、初の江戸城はどうだった?」

「野っ原だったです。」

「あ、そう。」


 ジゴローさん、撃沈。(笑


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