第六章 江戸城趾ロケⅡ

大奥ミステリー事件簿 -五- 「駕籠の怪」Ⅰ

 私、ダンザイアマネは今ひじょーぅに困っている。


「ユノノン? なに見てたの? 誰かいた?」

 私はこわごわで問いかける。

「なんかぁ、思いっきり睨んでくるヤツ居た。喧嘩売ってきた。」

 買わないで、お願い。


 ユノちゃんは誰もが認める不思議少女で、時々理解に苦しむ行動を起こす。今回も彼女がバチバチにガン飛ばししてる方向には植木しかなかった。

「誰も居ないよ?」

 ロケ隊の皆さんに憚って、こっそりユノちゃんだけに聞こえるように言ったんだけど、「そうだね、」って、ユノちゃんは脈絡のない返事をしたきり、視線を上げて、ぽけーっと雲を数え始めちゃった。


 なんで雲を数えていると解るのかと言えば、さっき本人が教えてくれたから。なんでも雨がいつ降るかは雲の数で決まるんだそう。

 そしてすぐ隣りに立ってる私になぜだか手招きをする。


「アマネちん、アマネちん。今日は帰りに雨が降るよ。ほら、西側に雲がたくさん出てきた。ゆーっくりだけど、ずずーってこっちに動いてる。」

 そうなんだ。解んないけど。


 あ。またさっきの木にガン飛ばししてる。雲を眺めていたかと思えば、誰もいない場所に向かって威嚇行為で「ガゥ、」て、吼える口マネをしたり。

 本人絶対に認めないんだけど、ユノちゃんは時々、絶対見えてるでしょ、みたいな発言をするんだよね。カナメは「ないない、」って取り合ってくれないけど。


 ディレクターさんは、今回ほとんど喋りはないから大丈夫って言ってたけど、正直、不安しかない。ユノノンと組むことになって、ガッカリしてるってわけじゃないんだけど、とにかく不安。カナちゃんみたいにちゃんとあしらえたらいいけど。責任重大すぎてすごく不安。

 音響スタッフの人が、道化た仕草で近付いてきた。


「アマネちゃん、緊張してる? 今回のロケ、こっちのルートは楽勝だから気楽にしてて。」


 私は曖昧な笑顔を浮かべる。気を遣わせちゃったなぁ。まだまだ駆け出しの身なんだから、少しでも愛想良くしてなくちゃ。ユノちゃんの分もフォローしなくちゃ。


 ADさんとかはこんな風にいつも気遣ってくださる。けど、本当を言うと今回はちょっと悔しい。いつでもマイペースなユノノンに配慮して不測の事態を出来るだけ避けようってことみたいなんだけど……やっぱりちょっと悔しいな。


 こっちのルートでやるはずの二つの怪談はミニドラマで流すそうで、ここではほとんど解説が要らないって言われてしまった。つまり、私たちの出番はそれだけ少ないってこと。文句を言ったらバチが当たるけど、ほんのちょっとだけ悔しい。


 簡易テントの屋根が広げられて、折りたたみの椅子が二脚設置された。モニター代わりのタブレットを持たされて、私たち二人でそのミニドラマを先に観るんだよね。後でこの広場をバックにその感想を述べてください、というお仕事。


 場所だってほとんど移動しない。大奥の御殿が残っていたらロケの時間も少しは増えたのだろうけど、なんにもないただの野っ原だから私たちも移動しない。簡易テントの下でボーッとしてるだけ。


 タブレットの中ではどこかの廊下が映っていて、配役の女優さんがしずしず歩いていて、存在感を示してる。絢爛な大奥御殿は今はもう野っ原で、私たちはどうコメントしたらインパクトが出るだろう。一人悩んでゾーンに入り込んでいたら、横からユノノンに肩をツンツンとつつかれた。


「な、なに? ユノちゃん、どうかした?」

「んー。なんもないけど、アマネちん、マイナスイオンすごいね、ここ。」


 絶句。


「ああ、えーと、自然が一杯だからじゃない? けどそのコメントいいよ、本番の時もそれ言ってほしいな。わたし、巧くフォローするよ。」


 ユノノンは解ったのか解らないのか不明な、だけどご機嫌な感じの笑みを浮かべてくれた。同じセリフが来るのを期待しとこう。きっとインパクト絶大だ。私がしっかりコメントを返したら、きっともっと視聴者に刺さるし。がんばろ。


「ユノノン、このドラマどう思う? 先にちょっと聞かせてほしいんだけど。」

「これ、なに? どっちだっけ? 駕籠のヤツだっけ、開かずの間だっけ?」

「これは駕籠の方だよ。乗物部屋ってさっきナレーションあったよ。」


 もう一つの怪談話は超有名で一番ドラマ映えするストーリーだから番組の締めに一気に流すことになっていて、しっかり台本に進行が書いてある。そっちの感想もここで付け足して言わなくちゃだから責任重大だ。私たちに割り当てられたお仕事の、一番の見せ場だから、がんばらなきゃ。ユノノンにも言って、しっかり動画を観なくちゃ。ユノノンはちょっと考える素振りのあと、ぽつんと返してくる。


「なんか、ミステリードラマみたいだね。」

 のんびり屋さんのユノノンも幸い興味を持ってくれてる。よかった。


 ある女中さんがお仕事部屋に来ないことが取っかかりでドラマが始まる。行方不明になっていることがこれで知れるんだね。どこを探しても居ないことが解るようなカットが続いて、なんだか偉そうな男性のお役人が登場する。大奥付きのお役所があって、そこの責任者だって。ナレーションの解説にユノノンはふんふん頷いた。


 ドラマの中では、いよいよ駕籠の入った大きな箱の蓋が開けられた。同時にナレーションが落ち着いた声で、当時は乗物の駕籠がこういう桐の箱にしまわれて保管されていたんだって教えてくれる。女中さんの捜索が始まって3日が経っていた、て。


 ドラマの中、駕籠を持ち上げた武士の四人がやけに重いぞと囁きあって、不穏な音楽が流れだす。駕籠を出す寸前、桐の箱の底が映されて、黒いシミがあるのを見つけた武士の一人がギョッとした顔をした。

 舞台転換で、今度は駕籠の戸が映し出されて。緊迫した音楽で見てるこっちも心臓がキュッとなる。横にスライドした扉の中に、カメラは一瞬で寄った。カッと目を見開いた女中さんの死に顔が映った時、私は思わず目を瞑ってしまった。怖いよ。


 この女中さんは体中を掻き毟られて血まみれになって、おまけにレイプされたような痕跡もあって、ということを冷静なナレーションが教えてくれた。駕籠の中は血まみれで、溜まった血が溢れて桐の箱にまでしたたった、と。真っ黒に変色して乾いてしまっていたことを告げて、ドラマはまた場面転換のブラックアウト。


 ちらっと横目で様子を窺うと、ユノノンは平気な顔して私の手のモニターを覗き込んでた。ユノノンって、ほんとぜんぜん怖がんないよね……。


 手ブレして見えにくくなかったかな、大丈夫だったかな、聞こうかどうしようか迷ってるうちにまた場面が転換して、なんだか不機嫌そうなお局様が映った。ナレーションがまた落ち着いた声で、その人が藤島という高位の奥女中さんで、この駕籠の持ち主だったこと、なんだかんだと陰口を叩かれたことなんかを紹介した。


 大奥って、大変な場所だったんだね。て、ユノノンに言おうとしたけど、なんだか本当に興味なさげな顔してたから言葉が引っ込んじゃった。でも仕事だからなんとか打ち合わせしなくちゃ。


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