第四章 在る霊能者にまつわる…

第七夜 「通夜」

 現在時刻は午前零時。今宵も始まりました、冥界ラジヲ。毎週末土曜日、午前零時に始まりまして、ツラツラとね、リスナーの皆さまに怪奇ホラーや都市伝説といった巷の話題をお届けしております。


 お送りしますのはお馴染みサンゲキジゴローと、

「アシスタントのヒキザキカナメでーす! みんなぁ、今夜もホラってるぅ!?」


 ホラってるぅ、か……。いやぁ、何度聞いても耳慣れないわぁ、その言葉。おじさんなのかな、俺。いやだねー。


「大丈夫、大丈夫、ジゴローさんはちゃんと時代に付いていこうとしてるおじさんだから。」


 おじさんなのは確定なのね、そうなのね。

「傷付いた?」

 うん、ちょこっとね。

「ごめんね、ジゴローさん。」


 まぁいいや、もう今日のメール行ってしまいましょう。今日のメールはペンネーム、ヒキザキのヒキさんからですね、て、えー? ……ナニコレ、このペンネーム、カナメ嬢のファン? ヒキザキのヒキってなに、何の意味? イミ解んない。


「こういうのは深く考えたら負けだよ、ジゴローさん。」


 フィーリングだけかよ、て。まぁ、世の中なんてのは、得てしてそういう風なもんだけどね。ホラってるぅ、なんて挨拶語が出てくる時代だもんねぇ。

「まだ言ってるよ。」



 じゃあ、話に行くよ。『こんばんわ、ジゴローさん、カナメちゃん。』おっ、珍しくカナメ嬢のことも書いてくれてるよ、お嬢も認められてきたかな?

「わー、嬉しいっ! なんかここのリスナーの皆ってさぁ、あんまり私に言及してくれるコトないからさ、ちょっとヘコんじゃってたんだよね。私も居るからねー? 皆ー?」


 今後はカナメ嬢にも是非ひと言付けてくれると嬉しいです、リスナーのみんな。

 では、続きを。

『この話は、亡くなった祖父がよく語っていたものです。B-29の話などもよく聞いていたので、戦後のよくある怪談話だったかも知れません。』

 おっ、これはもしかして俺より年配者の予感。やっぱ丁寧だわね、文章がね。


「なんで解るの? ジゴローさん、」

 お祖父さんが戦中戦後の話をする世代ってことは、ざっと90歳付近だからね、その二代下なら50代か60代になるよ。平均的にね。

 じゃ、読むね。


『祖父の実家は九州の山あいにあり、現在では廃村になりましたが当時は林業で賑わっていたそうです。祖父は双子で、自身は都会へ出稼ぎに行き、家業は弟が継いだのだそうです。普通は兄が家督を継ぐと思いますが、向き不向きの問題だと言っていました。

 その弟……大叔父の通夜での話です。


 祖父が隠居をして六十を越えたあたりだそうですが、大叔父は長患いの末にいよいよとなったのだそうです。臨終までの一週間ほどを、祖父は実家で弟と過ごし、お陰でそのこと自体に悔いは残さずに済んだそうです。

 昔の葬式と言えば自分の家で行うのが常ですから、その時も親戚中がはるばる電車を乗り継いで集まってくれたのだそうです。今と違い、昔は病院で亡くなることの方がむしろ珍しかったのだとよく話しておりました。


 昔はどこの家にも大きな座敷があり、田舎ともなれば旅館の宴会場ばりの間取りになっているのが普通です。母屋とは別に離れの間があるのも普通のことで、その離れの一室に死者を寝かせて通夜が営まれたそうです。

 通夜の間中、寝ずの番が置かれます。祖父も荼毘に付す前夜にこの番を買って出たそうですが、その夜中に怪異は起きました。


 祖父は死者を横に一人、肴をあてに冷や酒を飲んでいたのだそうですが、突然、弟がむくりと半身を起こしたのだそうです。病のためか身体はガリガリに痩せ、目は落ちくぼみ、頬もげっそりと痩けていたそうですが、いやに爛々と輝く瞳の色で、祖父を見つめたそうです。


「兄貴、来てたのか。」

「お、おう、身体は辛くないのか?」

「お陰様で、もう痛くはないなぁ、」


 痩せこけた笑みが哀れだったようで、私が聞いている傍で祖父は涙を拭いました。


 しばらく、とりとめのない話をしたそうですが、そのうちに大叔父が祖父の足を掴み、一緒に逝こうとせがみ始めたそうです。ちょっとした世間話のつもりで自身の愚痴を聞かせたことで、弟を勘違いさせたのだろうと祖父は後悔していました。


 大叔父は腹這いになり、布団の中に潜り込み、枯れ木のようになった細い腕がその布団の中から伸びて、祖父の足首をガッシリと掴んで引っぱっていたそうです。

 引きずり込まれたら連れていかれると直感し、祖父は必死に抵抗したものの、哀れな弟を足蹴にして逃げるなど、どうしても出来ず、縁側の柱にしがみついて懸命に耐えていたそうです。

 死人の力は恐ろしく強く、渾身で柱にしがみつく祖父の身体はじわじわと引き剥がされていったそうです。柱に巻いていた腕が伸び、引っかけていた指までがジリジリと外れそうになっていき、もうダメだと諦めかけて、固く目を閉じたそうです。


 ちゅんちゅんと鳴く雀の声に気付き、そっと目を開けると、いつの間にやら朝になっていたそうです。死者の方を見やれば、何事もなかったように静かに眠っており、夢かうつつか解らんまま気が付いたら朝だった、と祖父は笑っておりました。


 それだけならば夢の出来事かも知れないわけですが、祖父の話にはまだ続きがありました。弟は律儀なヤツで、布団の中でも直立不動の姿勢で寝てるようなヤツだったが、さすがにホトケさんになったら両の手は胸の上で組ませなきゃならない、居心地が悪かろうが辛抱してくれよと布団を掛けてやったものだったが、その妙な夢のあとで布団のズレているのを見て直してやろうとめくってみたら、やっぱり居心地が悪かったかして、直立不動の姿勢に戻ってやがったんだ、と言ってまた涙を拭いました。一緒に逝ってやれなくてごめんな、と謝る姿を今も忘れがたく覚えております。』


 うーん、大変な時代を生きられたわけだからねぇ。このお爺様はもう亡くなられた後なのかな? いや、貴重なお話をありがとうございましたー。


 と、いうわけで、そろそろ時間ですね、それじゃまた来週。

「またねー、皆ー。」

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