第七夜 カナメ嬢

「オッケーです、おつかれっしたー。」

「ほい、おつかれー。」


 何事もなく今夜も終了、っと。いつものように、皆がパラパラと帰っていく。その中で、いつもなら速攻でスタジオを飛び出してくカナメ嬢が珍しく居残りを決めてる。こりゃほんとに珍しいね、雨でも降るかね。俺は俺で帰り支度をするだけだけどね。


「ジゴローさん、ちょっといいっすか?」

 なによ、お嬢ちゃん。改まっちゃって。

 俺が顔を向けると、カナメ嬢は首をすくめて声を小さくした。

「実はさ、おばぁが妙なこと言ってたの思い出したんだけど。」


 周囲に聞こえないようにか、お嬢は俺にむちゃくちゃ接近してくる。心配せんでも例の野球帽のADくらいしか残ってねーよ、今。て、言ってやろうと思ってるうちに話が進んだ。コソコソと耳打ちで、お嬢はADを警戒してる。よほど聞かれたら拙いネタかねぇ。もしそうなら、俺にチクられても俺も困るんだけど。


「あの、番組で自分の名前が呼ばれるようになったら充分に警戒せんといかんよって。おばぁがそう言ってたんですよ。で、今日、呼ばれたでしょ? でも私、適当に流しちゃって、どういう意味だったのかよく解んないんですよ、これ。だからさ、今度いつでもいいから霊能者のトコ行くのに付き合って貰えません? おばぁにばっか負担掛けたくないし、ジゴローさんも誰か紹介してほしいって言ってましたよね?」

「ああ、うん。言ってたかなぁ、そう言えば。」

 あんまり覚えてないけど。


 カナメ嬢はこっちの記憶が曖昧だと知ると、不機嫌そうに頬を膨らませた。

「言ってましたよぉ。私、先方にはジゴローさんも一緒にって伝えちゃったんですから、今さら要らないとか言わないでくださいよ? 向こうは何か、いつでも来ていいって言ってたから、私、何なら明日にでも伺いたいなって思ってたのに。」

「おいおい、俺の予定を聞いてからにしてくれる?」

 別に用事はないけどね。

「明日がダメなら明後日は? いつなら空いてます?」

「いや、明日空いてるけどさ。」

「ならイイじゃないですかぁ。なんなの?」

 君の方こそなんなのぉ。何をそんなカリカリしてんのよ、ほんと。チラチラと、よほど例のADが気になるらしいけどさ。てか、AD、お前もいつまで残ってる気だよ、さっさと帰れ。て、言おうと思ったらもう居なかった。あれ?

 咄嗟にあちこち視線を流したら、ちゃんと居たよ、スタンバイエリアの鉄扉の前に背中があったわ。ああ、びっくりした、幽霊かと思っちゃったじゃん。愛想ないからぁ。Aスタ出たんなら、声くらい掛けてくれても良かったんじゃんねぇ。


「ジゴローさん? なに?」

「いや、何もないよ。」

 てか、こっちも問題だわ、今気付いた。

「お嬢、まさか独りで帰るの? ヤバいでしょ、女の子が日付跨いでんのに独りなんて。マネージャーは? いつもなら迎え来るんでしょ?」

「今日はないです。」

 あー、やっぱ俺が送ってくパターンか。だんだん杜撰になってく事務所あるんだよなぁ。ADももう居ないし、俺たち二人が今夜のラストだね、これは。




「ジゴローさんって、やっぱり図太いですねぇ。」

「なにがよ?」

 施錠チェックを一人でこなして、嬢のためにタクシーを呼んであげて、到着までの時間ガードしてあげて、まだ風が冷たいから風上に立ってあげて、オマケにたぶん足りなくなるだろうからって万札数枚折り畳んでる俺に向かって、図太いってなに? 図太いって。

 なんかイチイチ癇にさわるんだけど、今夜のお嬢。


 お嬢の不機嫌が移ったかして、だんだんカリカリしてくる俺。ちょうどよくタクシーが来てくれて助かったわ。後部ドアが開いたと同時くらいで俺はお嬢を奥へ押し込んだね。スタジャンのポケットに無理やり札をねじ込んでさ。もちろん俺は乗るつもりない。

「あっ、ジゴローさん!」

 乗り込むと見せかけて、フェイントで身体を引く俺に、お嬢は握りこんでた手をパッと開いて、何かをぶっかけた。おーい。なんの仕打ちなの、これ?

 何もかもがいい加減嫌になってきてる俺、カリカリした気分のまま、タクシーの運ちゃんに出立をお願いして後部ドアをばたんと閉めた。よく考えたら自動ドアなのにねー、申し訳ない。


 カリカリした気分も夜の冷気を浴びるうちに落ち着いてきた。

 俺は俺で、勝手に帰らせてもらいますよ、徒歩でね。この辺りの繁華街はまだまだ宵の口で、通りの灯りは煌々とお客を誘っている。でも今夜はさすがに大人しく帰ります、痛い出費があったばかりだしね。


 トホホとうな垂れる俺。

 頭からぶっかけられた白い粉がパラパラと地面に落ちる。なによ、これ。塩?

 ……もー。


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