第四夜 おもいつき
「やっぱりジゴローさんもご存じだったんですね、あの巻物。紆余曲折があって、最終的に残ったほんの僅かな部分だけが掛け軸の形で現存してるって話ですよね、確か。
それも、今あるのは写しだそうで。
原本が書かれたのはなんと平安時代で、半分は魔物に食いちぎられて消失し、さらに後の時代、残りの部分によって時の帝に取り憑いたとされる呪物が封じられたとか。その呪物が何だったのかは伝わっていないみたいですけど、もしかしてジゴローさんのご実家には顛末が語り継がれていたりしますか?」
スマホのカメラが俺をどアップに写し出す。いや、いかにもな顔してウンウン頷いてみせたりしてるけどさ、実はまったくの初耳です。
魔物が食いちぎった? 帝に取り憑いた呪物?
めっちゃコワいんですけど、それ。しかも平安時代だなんて、俺、産まれてもないし。知るわけないでしょ。
呪物ってコトは、何か呪いの箱だの、呪いの石像だの、なんかそういうのだよ。そういうのが時の天皇さまに取り憑いたんでしょ? で、そのお経だか何だかでグルグル巻きにして、ナニカを封じたって話でしょ、聞いたことなんかあるわけない。今初めて聞いた。
内心の焦りはまだ悟られていない。まだね。だからアマネ君は、こっちも了承済みなんだと勘違いしてて、ぐいぐいと俺に込み入った話をぶっ込んでくる。
もぉ、どうしよう、ぜんぜん解んない話だよ。余裕綽々みたいな顔してるけどっ。
絶対君の方が詳しいよ、アマネ君。
「――それで、掛け軸になった部分ですが、即身仏になられたジゴローさんの曾お爺様が生前に書きしたためられたとか。写経をするにも、残されていたのはごく僅かなもの。中国から伝わった経文の、最後の文言だけだったそうですが、それでも筆を取った者の力もあって、もの凄い霊力を秘めているんですよね、それ。なぜそれほどの力がある経文なのか、正確にはどんな力なのかも定かではないそうですが……。それで合ってますか? ジゴローさん。」
へー、そんなイワクがあったんですか、初めて知ったわ。
思わせぶりに「ふふん、」なんて鼻息で答えておいたけど、ホントにヤバいヤツだったなんて思いもしなかったし、ステッカーにしたって単なる思いつきなんだよ、本当に。
テクスチャ代わりになりそうなモンがないかって、実家の蔵を漁ったのは事実だけど、なーんも考えてなかった。ふいに閃きがあって、実家の蔵の中に良さげな経文が山ほどあったな、て……。ずっと忘れてたんだけど。ちょうどよく思い出したから、それで使ってみようって、それだけなんだ。
あれは、確か、季節外れに雨が降り続いた日だ。
天気予報は一週間通して晴れのはずだった。だけど週末あたりから急に天候が崩れ始めて、晴れるはずの一週間はずっと雨。俺はそれ以前から、刷新するステッカーのデザインに頭を悩ませていた。
急に閃いたんだ。実家に、掛け軸があったはずだって。
子供の頃は客間のご大層な床の間に掛けられていて、俺が何かイタズラをしたせいで蔵の奥深くに仕舞い込まれちまったって曰くのあるヤツだ。子供の時分だから何をしたかまでは記憶にないけど、こっぴどく叱られたことだけは覚えてる。
思い出そうとしてもすっぽりとそこだけ記憶が抜け落ちてるみたいに、叱られてギャン泣きしてる自分の姿と、客間のおぼろげな景色しか浮かんでこない。
「ジゴローさんのご実家でも、かなり厳重な扱いなんでしたよね? 門外不出とか?」
「まぁ、俺もね、詳しい話を聞いたわけじゃないんだよね。なんか探ると妙にはぐらかされちまってね。」
「それってやっぱり、よほどの曰くがあって警戒されてるってコトですよね?」
「たぶんね。そのうち独自で調べあげてやろうとは思ってるけど、無理に聞き出すのはさすがにヤバそうかなってね、自重してるワケよ。」
口から出任せを言っております、今。
「実家は兄貴が継いでるんだけどね、もうじき第二子も産まれるってコトでね、あんまり波風立てたくもないじゃん? なんかものすごくヤバそうってことだけは解ったんで、ちょっと最近、ガチで焦ってきてるよ、俺。」
「それは……ちょっと心配ですね、」
「そっ。だから慎重にね。一度は実家に直接戻ってみないとだけどね。その前に、今はこっちで調べられるだけは調べてからってコトになるね。」
いやいやいや、今夜さっそく兄貴に電話するつもりだよ。速攻でさ。
ガチでなんかヤバいことになってるような気がしてきたし!
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