第二章 京都の古い寺にまつわる…
5月14日 実家に到着。
今、俺は実家のある京都へ向かって車を走らせている。放送後、慌てて兄貴に電話をしたんだけど、なんというかもの凄く歯切れの悪い応対をされてしまったんですな、これが。絶対なんかあるじゃん、そんな態度されるってコトはさ。
で、電話口の、はっきりしない兄貴に業を煮やして、どうせ来週まで予定もなかったことだしってな話を申し入れましてね、強引に里帰りを決めたってワケです。
幾つかの心霊ポイントを無事に通過して、実家の寺がある京都の端っこの地区に入る。この辺になると観光客なんてのは無縁の話だよ、迷子でさえやって来たりしない。そのくらいのド田舎。
深夜の道路はほぼほぼ灯りも落ちきって、常夜灯以外、住宅街に灯りはない。ただ一軒だけ、我が実家の数部屋だけが煌々と灯りを灯してることが遠くからも見えた。
「よぅ、お帰り。こんな深夜にご苦労さんやったなぁ。」
さっそく厭味で出迎えられる。京都の人間が、特にうちの家系が何もナシにねぎらいの言葉なんか吐くわけがないんだよ、これが。わざわざ寺の外門まで出張って待ち構えていた兄貴は、表面上だけは穏やかな顔だ。内心すげぇ怒ってんのが伝わるけどね。つるりと剃り上げた坊主頭も茹で上がってんじゃないかってくらい。
「なんでこないな忙しない時期に帰って来るんや、人様の迷惑も考えや。ほれ、背中向けぇ。おまじないやけど、大事なしきたりやさかいな。これしいひん限り、家の敷地内は一歩たりとも進ませへん。」
やっぱりすんげぇ怒ってらっしゃる。ここに親父がいないだけまだマシか、さすがに親父は夜更かしで待っててくれるなんてことはなかったね。
「帰って来いなんかひと言も言うてへんのに、」と兄貴はブツブツ言いながら俺の背中をいつものように、パシパシと、埃でも払うように右手ではたいた。
あ、はたくってのは関西圏の言葉で、叩くとか払い落とすとかのニュアンスね。なんか解らんけど妙チキリンなしきたりがあってさ、兄貴はそれをご丁寧に守っている。
その手の動画なんか観てると、同じ動作で除霊だかなんだかを行っていて、まさかの偶然にヘンな笑いがこみ上げてきたりもするんだけどさ。むろん、兄貴に霊感なんてモンは皆無でしょう、頭からインチキだと決めつけてる方の人間だろうからさ。
「静かに頼むで。沙紀はもう寝てるんや、裕紀も。」
「解ってるて。急なことでスマンて思てる。せやけど、沙紀ちゃんはもう入院してるもんやと思てたわ。出産もうそろそろやろ?」
郷に入っては、てなわけで俺もすっかり関西の言葉に戻ってしまう。いや、標準語を話すと兄貴も親父も嫌そうな顔をするからなんだけどさ。けったくそ悪い、て。
「つわりもほとんど無いらしいんや。臨月やのに、寺の用事が溜まる言うて、ぜんぜん行こうとせぇへんのや。その上、裕紀がなんや急に赤ちゃん返りしてしもて……」
「なんや大変そうやな、」
「せやから帰ってくんな言うたんやろが、アホ。」
やぶ蛇。
スマン、兄貴。二三日お世話んなります。
「裕紀がなんやって?」誤魔化すように質問したら、兄貴の怒りも和らいだ。
「病院に行かれへん原因やねん。あんな楽しみにしてたんやけどなぁ。」
ため息の程度から察するに、そうとう苦労していそうだ。
「何ヶ月目かの健診の時に、エコー掛けてもろて、男って判明したんやけどな。そしたら急に、弟なんか要らんってダダ捏ねだしたんや。」
「はー、妹がほしかったってヤツか。」
「そうやと思う。色々我慢させてた分がいっぺんに来たみたいやなぁ。弟やったら要らんって、そう言うて泣くんや。沙紀にベッタリにもなってもうて、完全に赤ちゃん返りや。最近は外出すんのも嫌がる始末やねん。」
「俺がいる間は子守りするわ。」
「沙紀も喜ぶかな、頼むわ。」
そんなこんなな話をしながら実家に上がらせてもらい、その夜はそのまま部屋へ引き取ってさっさと寝てしまった。いやぁ、自分の使ってた部屋がそっくりそのまま残されてるなんて思いもしなかったけどね? 東京出てから二十年は経ってるよ? 掃除もしっかり行き届いて……兄貴の義理堅さには降参させられるね。いや、沙紀さんに感謝だな。
六畳の間にはほとんど物が置かれていなくて殺風景でさ、いやぁ、懐かしかったね。何でもかんでもぜんぶ押し入れに突っ込んでおくのをお洒落だと思っていた若かりし頃の俺よ。
そしてその、がらんとした畳の間のまん中に、客用とおぼしき新しめのお布団が敷かれていてさ、気分はすっかり旅館の迷惑客でしたよ。改めてごめん、兄貴。沙紀さん。申し訳なさ過ぎて、そのまま寝ることにしたってワケよ。
気になっていた掛け軸の件も、とりあえず明日にしようと思う。なんか、あれだけ焦っていたのが嘘みたいに、寺の敷地に踏み込んだ途端にスーッと消えちまったんだよな。ご先祖様の功徳ってヤツですかね。冷静さを取り戻させてくれてありがとう、だね。
実は道中、運転が荒くなって間一髪みたいなコトが二回ほどありましたっ。
兄貴には内緒。
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