第四夜 インスタライブ
「ジゴローさん、ねぇ、ジゴローさんってば!」
耳にキンと響く少女特有の高い声。
マキ姐のぽってりした男好きのする厚い唇…を打ち破った声で正気に戻る。やばいやばい、妄想に聴覚以下すべての感覚を支配されちまってた。
「あ、なに? カナメ嬢。」
「ライブ始まってるんですけど? 鼻の下のばしたそのカオ、ばっちりオンエアしてますからね。なに想像してたんですか、嫌らしい。」
「オトナの事情ってモンを考慮してくれよ、君たちぃ……」
そうでした。今は彼女らのインスタライブにお邪魔してる真っ最中だ。カナメ嬢が俺にスマホを向けていて、撮れた映像は目の前のノートパソコンに送られている。そこには分割した画面とコメント欄が映っている。で、彼女らはなんか適当な世間話で場を温めていたらしい。なのに俺一人会話にも入らずボケーッと鼻の下伸ばしてたってワケで……。
流れ去る視聴者のコメはどれもエグい中傷文だ。彼女らのファンが俺のファンでもあるなんて道理は無いと証明する文言の羅列。始まって五分足らずの絶賛炎上中。
「めっちゃクチャ言われとるがな……」
寝てんなオッサン、オッサン引っ込め一秒でも映るんじゃねぇ、カナメちゃんが見えねーだろ、チね、オナカが痛くなる呪いを掛けてやる、さっさと帰れ、etcetc……。
どうやらウチの番組から継続して観てくれてるリスナーはごく少数なようだ。
コメント欄の罵詈雑言を読んでいると、画面にしゃしゃり出てくるようにアマネ君が顔を覗かせた。
「こんばんわー、皆さーん。改めて紹介するね、スペシャルゲストは、あの! サンゲキジゴローさん、でーす! そしてここは例のスタジオだよー。」
委員長ポジのアマネ君がちょっとおどけてそう言うと、画面のコメントはがらりと様相を変えた。今度は少女たちに媚び媚びな台詞のオンパレードだ。炎上コメはあっという間にかき消えてしまった。現金だなぁ、お前等ときたら。知ってたけどさ。
とか思ってたら今度は横合いから袖をつんつんと引かれた。
「ねー、ねー、ジゴローさん。ユノ、ステッカー欲しいの。でも怪談話とか出来ないの。それでもいいからユノにステッカーくれるとか言ってほしいの。ダメ?」
突然なんの脈絡もなく絡んできたな、この子。「ダメ。」と、とりあえず返しとこう。この子が例のユノノンだね。初めましてなはずが、まったくそういう挨拶はナシだよ、今のトコ。カナメ嬢はむろん、アマネ君は以前に一度会ってるし、今日だって俺の番組始まる前から待機してて、キチッと挨拶してくれてたんだけど。三人三様って感じ? 一番可愛いカオしてんのにねぇ、ユノノン。ちょっと残念な子か。
不満げにぷくーっと頬を膨らませるユノノンを、すかさずカナメ嬢がスマホに捉える。そこからさらにアマネ君がつなぎ、連係プレーでライブは続く。
カメラ位置だのをまったく気に留める素振りのないユノノンを、アマネ君は物理的強引さで腕を引っぱり、微調整した上で、さも今思い立ったかのように声を掛けた。
「ユノノン、ちょっとこっち下がっててね。」彼女を幾らか強引に引き下がらせておいて、アマネ君は再び司会モードへ。基本、されるがままのスタンスらしいね、ユノノン。
「では改めまして。ジゴローさん、ファンの皆からジゴローさんへの質問を幾つか預かってきたんですけど、お答えいただけるでしょうか?」
「いいよ、プライベートのヘンなコト以外なら答えられるよ。どうぞ。」
「オカルトに詳しいファンから聞いたんですけど、このAスタジオって、出るそうですが……本当ですか?」
「それは君らのトコのカナメ君の方が詳しいんじゃない?」
待ってましたとばかりカナメ嬢が喚いた。
「出るよ、出る! 思いっきり出るし、それ以前に、そもそもジゴローさんがあっちこっちで拾ってくるから!」
「でも、ジゴローさんはぜんぜん平気そうにしてるって、カナメちゃんからは聞いてます。普通は取り憑かれるといろいろと体調に変化があったりするらしいですが、本当に、ぜんぜん平気なんですか?」
「ぜんぜん平気だねぇ。」
嬢のフライングで話題が逸れかけたが、まったく動じずアマネ君はインタビューを主導する。てか、ほとんど無視してないかい? 自分で嬢に振った割に。
憑かれたか憑かれてないかで言うと、俺自身はまったく自覚がないから解んないって話は何度かしてるんだけど、やはりというか何と言うかで三人とも信じられないモノを見るような目だったね。いや、三人じゃなく二人か。ユノノンはほんと解んない子だ。一人シラけたような顔で虚空を見てるよ。
まぁ、終始こんな感じでノンビリと実況ライブは続いていった。
ちなみに、このスタジオで出るという幽霊はどこぞのADだという話だ。野球帽を目深に被った坊主頭の痩せた青年、という具合にイメージ像はしっかりしたものがあるわりに、どこの誰だかの情報は皆無。関係者以外立ち入り禁止の場所だからたぶんADあたりだろう。てな感じのいい加減さでは、信じろという方が無理なくない?
「ステッカー、」
またユノノンがぼそりと呟いて間に割って入った。なんか妙に存在感を放つ子だな。盛り上がりかけていた場が、瞬間、水を打ったように静まったんだから。
「なに、ユノノン。そんなにステッカー欲しいの?」
気を遣った声音で、アマネ君が駄々っ子を宥めにかかる。
「うん。欲しいの。どうしても欲しいの。コレクションしてるからぁ……」
「あー、そう言えばユノノン、色々ヘンなの集めてるっけ?」
同調したカナメ嬢も一緒に問題児らしき少女をフォローする。ほんと、このちょっとの時間で三人の関係性も見えてきた感じだ。天然系不思議少女のユノノンは、ユニットの中で一番可愛いカオをしてはいるものの、あまりに天然すぎてカナメ嬢にセンターを譲っている、てトコロかな。基本、仲は良さそうだけど。
「そう言えばジゴローさん、そのステッカーって陰謀論系のユーチューバーたちの間でも騒がれてるんですけど、知ってました?」
姐さんに聞かされていた話だって、すぐさまピンと来ましたよ、俺は。
「もしかして……、門外不出の呪物が、一部とはいえ出回った、みたいな話かな?」
ノリで言っただけなんだけど、なんか三人揃って固唾を呑んだモヨウ。
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