第四夜 マキ姐さんとの顛末

 無事にオンエアが終了、会場を移す。と言って実際にはスタジオそのまま、カナメ嬢がセッティングしたスマホに画面が切り替わっただけなんだけど。お嬢は機嫌良さげな顔で「はい、オッケーでーす、」なんて言ってVサインを俺に向けてくる。しかも、いつものスカジャン破れジーンズはどうした、て感じにおめかししちゃっててさ。三人それぞれ、今日はコレたぶんステージ用の衣装かなんかだろう。普段着とするには機能の面で難がありそうなテレッテレな生地で出来た華やかな服だし。

 企画としては番組終わりのスタジオで、灯りも落として雰囲気作った中で、延長戦をやろうじゃないか、という話らしいね。ここ、出るんだそうで。ホントかよ。


 先週、ヤボ用あってゾンザイに帰しちゃったんだけどさ、お嬢から本当にメールが来てちょっとびっくりした。今回のこの企画もそういうワケで事務所から連絡くる前にお嬢から聞いてたりすんのよ。

 ただ、おばぁがこのところ調子悪いらしい。もう歳が歳だから除霊なんかも年々厳しくなってるみたいで、誰か除霊師を知ってたら紹介してほしいとか書いていた。

 こういう番組回してるとよく誤解されるんだけどさ、ほんっと、別に俺はオカルト好きでも何でもないからそういう知り合いとかはいません。だから先におばぁに相談しなさいと返しておいたよ。


 そうそう、結局マキ姐ともあの後進展しなかったんだよな。くそ。


「サンゲくーん、こんなお店知ってるなんて、なかなかヤルじゃない。」なんて言って人をその気にさせて、肝心の展開が近付くと華麗にスルーを決めてのけてさ。

 あんまり呑めない俺が気取ってカクテルなんか頼んじゃったりして、「姐さんの好みに合いそうな店をチョイスしておいたんですよ、」なんてイキり小僧のマネして、歯が浮きそうな台詞でリップサービスもたっぷりしてあげたのにさっ。


 以降、当時の再現VTRっぽく。ヨロシク。


「ありがと、サンゲくん。やっぱり君、素敵だわぁ。男ってヤツね。本人の知らないトコでもけっこうモテてたりするのよねぇ。知ってた?」

「いぃえ、初耳。でも今夜のとこは、俺、姐さんしか目に入ってない感じっすね。」


 こういうベタな展開が姐さんの好みらしくて、俺はノリノリで調子を合わせていたんだよな。場所を移した先の、大人向けなバーラウンジ。雰囲気たっぷりなBGMに、仄暗くて思わず悪いコト考えちゃうような照明具合。

 珍しく姐さんの方から誘い水が来たその内訳は、やっぱりあの三人娘の件だった。気を遣わせちゃってたらしい、姐さんはいつも俺に気を掛けてくれてるんだ。今回も業界内に出回り始めた奇妙な噂を耳にしてのコトらしかったね。

 姐さんは小さなバッグから新型の無煙タバコを取りだして、色っぽく口に咥えた。


「他にも目を向けないとアブナイわよ、サンゲくん。なんてったっけ? あの子。番組アシストのあの子のオトモダチで……」

「カナメ嬢の? ユノちゃんとか言うんでしたっけ。でも俺、その子、会ったコトないんすよ。なんか随分気に入ってくれてるらしいスけどねぇ。」


 ふぅ、と白い煙を吹きかけられた。無煙ていいつつ無煙じゃねぇのかこのタバコ。

 メントールの緑色なニオイがしたわ。


「ずいぶん気に入られてるらしいじゃない? でも……、解ってるでしょ?」


 もちろん。姐さんに言われるまでもなく、商品に手を出して無事で済む業界じゃないくらいは心得ておりますよ、俺は。なんせ親子ほども年齢差があればダメージ食らうのはこっちだけですもん。

 そう、例の三人娘、そのメンツの一人がさ、どうやら俺に気があるらしいんだよね。改めて言うのもなんだが、俺はけっこうモテる。だから姐さんとも相思相愛のはず、と自分では思っちゃってるし、かなり自信もあったりするんだけどもね。かなり。たぶん。きっと。……ちょっとは望みあるんじゃないかなぁ?


 キリッと表情筋に力を入れれば、それなりのイケメンにはなるって程度の顔面なので、多くは望んじゃいない。心で勝負よ、心根のイロイロでね。姐さん、そろそろ仕事の話は終わりにしましょう!


「だから。今夜のとこは、姐さんしか視界にありませんって。」


 真正面から男女が見つめ合っちゃったりしたらさ、やっぱ自然にそういう方面にお話も流れていきがちじゃん? そうなると思うじゃん?

 そっ、と。白くて細い姐さんの柔らかそうな手に、俺の手を重ねようとした。

 そしたら、シュッて姐さんの手が逃げた。シュッって。ショックだった。


「ごめーん、サンゲくん。もうこんな時間になっちゃった。終電無くなる前に送ってくれない? あたし、あの場所からサンゲくんのコト引き離したかっただけなのよね。」


 俺は前のめりにつんのめって、固い木のテーブルに額をごっつんこした。

 なんなの、姐さん、それ。ここまできてコントやらされるとか、アリ?


「ひでぇ。姐さんに男ゴコロを玩ばれた。」

「やぁだ、そんなコト言ってサンゲくん遊びまくってるくせに。でもほんとコレ、忠告だけどさ、あの場所は絶対に行っちゃダメなんだよ。シャレになんないんだってさ。いつか言っておこうと思ってたんだ。」


 ほえー。姐さんがガチめのヒトだったとは予想外。


「あの場所って……、放送局周辺のあの路地のコトすよね、何かあるんすか?」

「うん。出るんだって、あの辺のお店のどこか。キレイなお姉さんをお持ち帰りしたら、恐ろしい目に遭うって言われてるよ?」

「割とコテコテっすね、それ。」


 ありがちっていうか。


「もー。サンゲくんはそりゃ、怖い話も聞き飽きててさ、多少のコトじゃ動じないのかもだけど、もし本当に何かあったらどうすんのよ。

 それよりさ、そんな気味の悪いお店に当たったら嫌じゃない? だけどサンゲくんなら喜んでホイホイ行っちゃいそうだから、心配してるの。」

「アリガトウございます。」思わず深々と頭を垂れた。「でもさ、俺、こんな仕事してるけど、別にソッチ系が趣味のヒトじゃないんですよ、姐さん。」

「え? そうなの?」


 意外そうな顔をする姐さんに、俺はうんうんと何度も頷いておいたよ。


 ほんと、これは強調詞でも付けて宣言しておきたいトコなんだが、俺は決してオカルトマニアでも怪談好きでもない。オカルトと怪談を分けるべきかどうかで揉めるような界隈が、心底理解出来ない方の人間なんだ。どうだっていいじゃないか、そんなの!とはさすがに失礼だろうから言わないまでもだ。

 俺は力説した。マキ姐までがまさかそんな根本的な誤解をしてくれていたとは。


「えー? だって、サンゲくんのひいお爺ちゃんだかは即身仏の偉いお坊さんでしょ? 実家も大きなお寺さんだよね? ソッチ系のお話で、物の怪連中には敷居が高すぎるらしいみたいな理由の撃退話が山ほど伝わってるって、」

「それは伝承でそう言われてるだけで……、姐さん、面白がってるでしょ?」


 見ればマキ姐はさも楽しげに瞳をキラキラと輝かせていた。


「だってさー。いかにも何かありそうっぽい話じゃない。本来なら、門外不出の掛け軸よね?

 ほんの一部分とはいえ、その文言が結界から持ち出されたってコトなのよ、これ。たぶんだけどね。ひと荒れ来るって思うのも無理な話じゃないと思わない?」

「やめてくださいよ、そんな大層なシロモノじゃねーですよ、古いだけです。」


 本当に何を言ってるんだ、この人は。俺もこの時はそう思っていたさ。

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