妊娠40週 消えた友だちの話
えらいことになってしもうた。
病院でえらい目に遭ぅて、警察の人まで来やはって、事情聴取やとか言わはって、えらい時間掛かって、それで逸郎さんに家まで送ってもろたらえらい時間やった。とっぷり日が暮れてしもうてからに。こんなん絶対に叱られるやないのて思てたら、家までえらいことになってたんや。どうりでスマホ繋がらへんはずや。
別に留守もしてへんのに空き巣やて。ご近所のおばちゃんが教えてくれはった。
ウチのお寺の前、狭い道路やのにパトカーが止まって塞いでしもて、ぎょうさん人だかりも出来とったんよ。お母はんが出てきやはって、無事でよかった、やて。
「沙紀、気ぃしっかり持たなあかんえ。空き巣が入っとったらしいんやと。幸い、水屋に仕舞ぅてた当座のおカネくらいで済んだんやけどな、もしかしたら何度も入られとったんか知れへんのやて。」
ウチ、目眩がして思わずふらついてしもた。逸郎さんがすぐに支えてくれはって、ほんにこの人が今、居てくれはって良かったて、心の底から思たわ。病院では襲われ、実家では空き巣やなんて。シャレにもならへん。三隣亡か何かやの?
お父はんも表に出てきやはった。今までずっとお寺の貴重品を点検してはったんやて。
「仏さんらは無事やった。最近は仏像の盗難やらもよぅ聞くさかいにな、ほんに胆が冷えたわ。代々お守りしてきた仏さま等に何かあったら、ご先祖に申し訳がたたんとこや。」
お父はんの後ろから出てきやはった警察の人が、歩きながらなんや尋ねてはる。
「ご主人、金庫もなんや動かされた形跡があるんやけど、中は何が入ってますんや?」
「大したモンは入ってませんわ。あれは鍵の番号が解らんようになってしもて、放ったらかしですんや。そのうち業者でも呼ばないかんな、言うとったんです。」
お父はんも物忘れが激しゅうなったとかで、大事なことは手帳に記すようになったその原因の事件やの。金庫の鍵番号事件ってウチでは呼んでるんよ。物騒になってきたんもあって、大事なモンは今は銀行の貸金庫に預けてはるみたいやけどな。
お父はんと話してはった警察の人、今度はウチの方に向かはった。
「お嬢さん、犯人はどうやら天井裏まで上っとった形跡がありますんや。また来よる可能性もあるさかい、厳重に注意しとってください。防犯ブザーの対策やとかも、出来たら考えとってくださいな。」
そこで一旦区切らはって、なんや妙に探るみたいな言い方しやはった。
「それと最近、付きまといみたいな、ヘンな人を近くでよう見かけるとかはありまへんでしたか? しつこく声かけて来よる人間がおるやとか。」
「いいえ、何もあらしまへん、」
嘘吐いた。ウチ、ヘンな視線やったらここ最近どころか、一年以上前からずーっと感じてるんや。せやけど、姿を見たとかはないねんよ。視線だけやの。振り向いても、別に誰もおれへんの。せやから大層なことも言われへんと思てん。
ウチ、気にしぃやし、ただの気のせいやったら恥ずかしいやないの。それに逸郎さんなんか、ウチの隣で今にも死にそうな顔してはるし、これ以上心配掛けとうないし。
せやからウチ、嘘吐いたんや。百話目の呪いやなんて、言うてもしゃぁない。
空き巣には入られるわ、人違いで首は締められるわ、ウチのせいで好きな人が死にそうな顔してはるわ、……なんや今日は踏んだり蹴ったりや。
おまけに警察の聴取なんかその日だけでは済まへんで、結局、現場の病院にも警察署へも、何度も呼び出されることになってしもた。空き巣と病院のヘンな人、なんか関係ないか、知らんか、て。けど何回聞かれたかて、知らん人や言うたら知らん人やねん。
桂子がひょっこり姿を見せたんは、そんなこんなでゴタゴタしとった頃やったわ。
突然、満里奈の携帯に連絡が来たやとかで、慌ててウチにも電話くれたんやって。
てっきり死んでしもたと思いきってたさかい、満里奈とウチ、二人して電話口で大泣きやった。それで改めて三人で会うって話になったみたいやの。噂はやっぱりただの噂やったってことやね。
桂子が指定してきた待ち合わせ場所は、京都駅近くの居酒屋やって、呑みが終わったらそのままトンボ帰りで新幹線に乗るやとか聞いた。どうも親に黙って上京したってことやったみたい。それはそれでええよ、別に。
せやけど、あの子、えらい垢抜けた格好して店に入ってきやった。最初、旅行客やと思うてシカトしててん。馴れ馴れしく肩叩かはるなぁ、て思て。
「ちょっとぉ、二人とも何で無視するのよぉ、」
それで初めて、その人が桂子やって気付いたんよ。
カチッとしたパンツスーツに大きめイヤリング、ふちの太いグラサン掛けて、なんやモデルみたいな格好で、桂子はウチら二人の前に立ってやった。
その服にも驚いたんやけど、態度の方にも驚いたわ。なんやもう、ほんまに桂子なんかって疑いたくなるくらい、別人みたいになってたんよ。店員さんへの態度にしても、席での座り方でも、桂子ってこんなんやったやろかって疑いとぅなったわ。
その上、喋り方や。
「怖い話ってさ、原因も関係性も解らなくて、イミが解んないから怖いんだよね。」
なんや蓮っ葉な言葉遣いやな。すっかり京都の言葉も抜けてしもてるやないの。
ウチら二人が不審な目を向けてんのに気付いたかして、桂子はケラケラ笑ってな、田舎者丸出しよ、ってキレイな標準語で言いやった。失礼やわ。
「あたし、今、東京に住んでるんだ。」
「”東京”やって。」
「”あたし”やって。」
ウチら二人でこれ見よがしに追従したるねん。
桂子はケロッとしてるねんけどな。
なんや人が変わったみたいに服装も変わってしもうて、イケ好かん言葉遣いにも変わってしもぅて、態度も悪ぅなって。二人であんなに心配しとったのに。
なんやほんまに拍子抜けというか……、アホらし。
「両親にはまだ話してないんだけど、向こうで仕事も見つかってさ。何のかんの言っても、ホラ、東京だし? 向こうの一日ってあっという間じゃん? 帰んなきゃとは思ってたんだけど、なんか気付いたら一年終わっちゃってたのよねー。」
「”東京だし?”やって。」
「”終わっちゃってた、”やって。」
うん、うん、て相槌打ってな、二人して非難の眼差しを桂子に投げかけたってん。
「何よ、そんな目で見なくてもいいでしょ。ちょっとご無沙汰してただけじゃん。」
「”じゃん、”やって。」
うん、うん。
小姑みたいに眉を潜める二人相手に、桂子ときたらな、わざわざ大袈裟なジェスチュアで受けてみせてな、「やれやれ、」やって。ほんに、イケ好かん女になって帰ってきやったわ。
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