第七章 浅草寺奇伝

仲見世通り

「どう? なんか居る?」

「うん。じいちゃんばあちゃんがいっぱい。」

「それはどっちの?」

「どっちも。」


 揺るぎない断言口調でお嬢がのたまう。そーですか、老若男女に幽霊問わずと言いつつ、やっぱご老人人口が多い街らしい、浅草も。近年の日本はみんなそうかも知れないけどさ。観光客と高齢者、か。若者はカンヅメ状態で仕事中の時間帯だし。


「死んだらさ、生きてた時代の好きな姿になれたりしないの? 死んでんのに。」

 俺の隣りを歩くカナメ嬢は軽く頭を左右に振った。

「ううん。たぶん自覚によるんじゃないかと思う。死んだの解ってるなら大抵の人はさっさとあの世に行っちゃうし。物見遊山のつもりの人は……」

 ひと呼吸置いて、

「格好なんか気にしないし?」

 肩をすくめて見せた。

 あ、さいですか。


 でも言われてみりゃその通りかもなぁ。生きてた瞬間まで見てたその当時の姿が一番馴染んだ姿だもんなぁ。じぃちゃんばぁちゃんの年代まで生きてた人ならその姿が一番違和感ないわな。


「でも杖ついてたり、腰がひん曲がった人は見たコトないよ、私。不便なコトだけは自然にパスしちゃうんじゃないかなぁ。」


 ナルホドねぇ。


「あ、あとね、目の前にオタクの幽霊がいてオタ芸してる。」


 少しだけ背をのけぞらせて、お嬢は見えない何かを避けるように身体の位置をずらした。人ひとり分のスペースを回り込んでから、小走りで俺の隣りに戻った。

 オタクの幽霊って……。なんでも、ドルオタの男がペンライトを振り回して道路の真ん中で激しいダンスを披露しているらしい。突っ切っていくのも勇気が要る感じだったから、避けて通ったということだ。


「情報量多いな、」

「私、わりとあるんだよね。ふれあえるアイドルって感じ? いつもはさ、ユノノンとかが蹴散らしちゃうんだけど、私独りの時はわりと寄ってくるよ。オタク君って、死後に承認欲求爆発させちゃう人が結構居てさぁ、おんなじ人を同時多発的にあっちこっちで見掛けたりするんだよね。」

「ユノノンが一緒だと大丈夫なの? なんか以前もそんなこと言ってたけど。」


「ユノノンが歩いたトコってさ、きれーいに居なくなっちゃうんだよ。みんな慌てて逃げちゃってさぁ。本人、自覚無いのにね。別に羨ましくはないけど。」

「ユノノンってさぁ、実はお嬢より霊能力あるの?」

「どうだろね。見ようとしても見えないから解んない。なんか凄いのが憑いてるっぽいんだけどね。けど、あんまりイイモンでもなさそうでさ、ちょっと心配してるよ。野良の神様とかじゃないかなぁ?」

「野良猫みたいに言うんだな。」

「そう言うけどね、ジゴローさん。野良の神様って怖いんだよ? 善悪じゃないから。まぁ、神様にもいろいろ居るみたいだから、私程度じゃ解んないよ。」


 昼食の風景を撮るために予約している店は、浅草寺の参道に軒を連ねている。俺たちはお陰様でウナギにありつけるわけだが、ユノノンとアカネ君はコンビニ弁当だ。温情で、種類は自分で選んでいいことになっていて、現在、買いに走っているというワケ。今、カメラはそういうワケで彼女らの方を映しているから、俺たちはのんびり通りを歩いていた。


 撮影中でもないので、通行の妨げにならないよう、人々の合間を摺り抜けるように進んでいった。突然、「いつ、戻る?」耳元で野太くしわがれた声が響いた。

 振り向いても誰もいない。いや、通り過ぎる雑踏に姿をくらましたのかも知れないが、いきなりのことで心臓がバクバクと跳ねていた。


 急に立ち止まった俺に、スタッフも訝しげな顔で移動を止めた。

「どしたの? ジゴローさん?」

「い、いや、何でもない。ごめん、ごめん。」

 務めて明るいフリをしてみたけど、どうやら異変を感じたのは俺だけじゃなかったみたいで、スタッフの何人かはあからさまに怯えた様子を見せた。両腕をかき抱き、ビクついた目で周囲を見回している。

「今、なんか黒いのが横を通りませんでした?」

 スタッフの一人がそう口にした瞬間、俺は背筋が凍る感触を覚えた。


 視線を背後へ移そうとして、強く腕を引っぱられる。隣のお嬢は強張った顔で、「絶対に目を合わせちゃダメ……!」と小さく呟くようにして俺に知らせた。


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