伝法院通り
ゾロゾロと移動した先に、待ち合わせ待機中の二人を発見した。サンバの踊り子さんと、中年太りの役員さんだ。ド派手なサンバ衣装を着たお姉さんがスタンバってたら誰でも気付くよね。そんでお互いにペコリ、短い打ち合わせを済ませる。どんな風に繋ぎ合わせるつもりか知らんけど、カメラは遠目の位置でその様子を撮っていた。
続いてカチンコの合図と共に台本部分の撮影開始。
「へー、なるほどぉ。ここで開催されてる浅草サンバカーニバルって、もう十年以上続いてるんですねぇ。いや、それは俺、知らなかったなぁ。」
なーんちゃって。台本通りのセリフを一言一句変えることなく演技に乗せて喋ってる俺。確かに台本読むまではミリも知らんかった話だけどさ、浅草でやってるリオのカーニバルみたいなヤツって話くらいは前から聞いてたさ。
目の前にはあられも無い姿をしてキレイなおみ足を晒したオネェサン。キレッキレにキレ上がったまぁるいお尻が、カモシカのようにすらりと伸びたおみ足の先で、その堂々たる存在感を誇示している。カメラ、ちょっと寄りすぎ。
この地区のチーム代表として、今日は特別に来てくれましたー。なんて具合にこのダンサーのお姉さんを紹介した。
浅草なんてジジババばっかりなんて言うなよ? 今や和製ブラジリアン、賑やかなカーニバルの音色に引き寄せられるように、老若男女のバランスも回復しつつある活気溢れる都市なんだからさ。いろんな人種が観光客だけでなく、住民にも広がりつつあるエリアだそうだ。……そこまで人に溢れてるようには見えないけど。
あ、でもほら、ひときわ目立つチューリップハットのゴツい兄ちゃんが手を振ってるよ。明らか日本人じゃない体格に顔付きだ。ブラジルあたりからカーニバル目当てで来る観光客が増えてるらしいから、そっち系の人だろう。たぶん。
ごめんねー、残念ながら今はカーニバル時期じゃあないんだよー。今日は特別だからね、特別。このダンサーさんも、番組ってことで特別に来てくれただけだよー。とか思いつつ、俺も愛想良く手を振り返してみたりして。俺に振ってんじゃないだろうけどさ。ダンサーのお姉さんはノリが良くて、周囲に微笑みを振りまいてるよ。
道路を挟んで反対側のビルの傍にも、人だかりという程ではないにしろ何人かの見物人が屯している。その中で見つけた明らかアッチの人っぽい大男だからやっぱ目立つね。彼のインタビュー画像を加えたら、この浅草の現状を印象付けられて良さげだ。
進行に合わせて台本セリフを読み進める。ひと息ついたタイミングで、さっきのチューリップ兄ちゃんを目で探したけど、もう居なくなってた。あらら、残念。
その後はまた舞台を移すために移動、と。
台東区さんからねじ込まれてた課題をクリアして、いよいよ番組フィナーレの撮影に入るわけよ。いよいよのウナギだよ、ウナギぃ。事前にコンビニ弁当を調達していた優等生チームと一緒に、見せびらかしながら食うウナギはまた格別。ユノノンが恨めしそうな顔してこっち見ながら割り箸をガジガジしてるのも、しっかりカメラに抜かれていた。そんなに食いたかったのか。なら後日に食わしてやろう、うん。
かつては料亭だったとかいう老舗の店で、名物だというウナギのお重になったヤツをかっ食らう。きっとお値段は一人五千円を下るまい。しかも自腹ではナイ。サイコー。カメラがまるでかぶり付くかのように近付いてくるから、リクエストにお応えした。視聴者の皆さまにも羨ましがってもらえるよう、美味しそうなひと口分を上手に摘まんで、レンズの真ん前に突き出してやった。
これでおそらくエンドロールが入って番組は終了時刻を迎えることになる。俺たちが食い終わるのを待たずに撮影は終了、なんだかんだでスタッフ間も仕事終了っぽい空気感だ。このお店はちょっとお高いトコらしく、スタッフの一人に声を掛けたらメシは別の店に用意があるという返事だった。いや、悪いね、皆。
「じゃ、お疲れっス、ジゴローさん。俺等、先に失礼します。」
「おう、お疲れ。食いながらでごめんな、今日はありがとう、またいずれ。」
はーい、なんて感じで穏やかにロケは終了。一部スタッフが分離して、たぶん一足先にメシを食いに行く連中で、帰り支度が終わったメンツから順々に部屋を出ていった。
ちゃっかりとユノノンはカナメ嬢からウナギをひと口あーんしてもらって、この場はそれで満足したらしかった。なんとまぁ、幸せそうな顔しちゃって。で、俺たちもこれでこの場は解散だ。お子様たちはまだ三人でワチャワチャしてそうだったんで、そんで助監督の女子も加わってワチャワチャしてたんで、この場は彼女に任せることにして俺は退散させてもらったよ。女三人寄れば姦しいての地で行っててまぁ喧しいのなんの、てね。
料亭だったそのお店を一人で出て、通りに戻ったところであの時のチューリップ兄ちゃんを再び見つけた。通りにある商店をひやかしてんのか、じーっくりと商品を品定めしてるその視線は陳列棚に釘付けだ。おいおいそんなナリでそんなかぶり付きで見てたら不審者に見えちゃうよ、兄ちゃん。
お世辞にも小綺麗とか思うような風体はしてないんだよな、この兄ちゃん。特徴あるハットもスカジャンも、中の柄Tやジーンズに至るまでがなんとなくヨレヨレっぽい。浮浪者までは行かなくても観光客にはとうてい見えないという風体だからさ。カネは無さそうだよ、うん。
そんな風に思いながら観てたせいか、兄ちゃんが突然振り向いて焦った。なのになんでだろう、俺はなんだか良い機会みたいに感じて彼に近付いていったんだ。
彼との距離はまだ10メートルほどある。
「こんちわ、大丈夫? 日本語わかる?」
後から考えるとかなり失礼な第一声だな、俺。幸い、兄ちゃんはうっすら笑みを浮かべて、こくりと頷いてくれた。日本語も分かるらしい、良かったよ。
ずんずん近付いていく俺。
「どこの国の人? あ、いや、日本人だったらごめんね、」
日本生まれで日本離れな容姿の日本人ってのも昨今珍しくなくなってきたもんなぁ、なんて改めて思い返して質問を変えた。こういう事情まで差別扱いとかされちゃうから困るんだよね、今ドキってさ。
その瞬間まで俺はヘラヘラと笑っていたんだよ。その笑みが凍り付いたんだ、そいつに至近距離まで近付いて初めて、己の迂闊さを呪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます