姥が池
「じゃあ、ユノノン。おさらいだけど、姥が池ってどんな話だった?」
アカネ君がさりげなく話題を進行する。
当時の浅草は、人がほとんど住んでいない湿地と田んぼと、あとは大きな池があるだけの場所だ。街道が通っていて浅草寺から先は鎌倉まで続いてたらしいけど。
そんな寂れた街道筋にあるのは鬼婆の住むあばら屋で、それが界隈では有名な姥が池の鬼婆ってヤツ。まぁ、このへんの解説はたぶんナレーションとかでサクッと片付けるんだろう、カメラは一応回っちゃいるがカントクはそっぽ向いてるからね。
「街道筋に一軒しかない茶屋に、鬼婆が住んでいたんだよね。確か。」
アカネ君が言った内容に何か不満でもあったのか、ユノノンはふるふると首を横に振って、話を遮った。珍しいね。いつでも曖昧に頷いてるだけかと思ってたよ。
「あれはね、占い師だったんだよ。インチキ占いしてたの。美人の娘に旅人を逆ナンさせてね、途中で気分が悪くなった芝居して、家に連れてきて泊まらせたんだよ。」
おお、斬新な説だな、ユノノン。通常は茶店の鬼婆ってことになってるけど。
「道中で色々と聞き出してね、気絶したフリで娘が寝込んじゃった後にその旅人を占って、おカネ貰ってたの。よく当たるって評判だったんだよ。」
そりゃ評判になるよな、事前調査は万全なわけだから。けど、いきなり始まったユノノンの創作怪談にアカネ君は困り果ててるぞっ。カナメ嬢に目配せで助けを求めたみたいだけど、肩をすくめるだけだわ。諦めて聞いてやって。
「でね、旅人が大金持ってたりしたら引き留めてね、ほら、美人の娘がいるから下心で泊まっちゃうんだよ。夜這いしようと思って。」
アカネ君が目を白黒させる。
TVで夜這いとか言っちゃダメ、ユノノン。イメージ!
彼女の心の声を実況してみました。
キュッ、と唇を固く結んで、この独演会をどう仕切ろうかと頭を巡らせている様子だ。なんか知らんけど、ユノノンは、特別話しやすい何かでもあるのか、結構な割合、アカネ君に長話をする傾向があるなぁ、なんて感じたりするよね。
「でも晩ご飯に薬が入ってて眠っちゃって、殺されるんだよ。自業自得だよね。」
「自業自得かなぁ……?」
苦しいながらも辛うじてツッコミを入れる優等生。
「だいぶ同情心が薄れるのは間違いないケドね。」
それを助けるお嬢。なかなかのコンビネーションで暴走ユノノンをフォローする二人。うん、ほんと良いチームワークだわ。無情なカメラは回り続けていて、彼女らに都合の悪いシーンでもお構いなしに放送されてしまう可能性があるもんな。新人はツラいのよ。
「でもね、ある日の旅人はお坊さんでさぁ、すっごい不幸な人だったんだ。病気の妹の為に必死に大金を集めたのに、そのおカネを盗まれてさ、やっと取り戻した時には妹はもう死んじゃってたんだよ。それで、おカネを返しにお寺に戻る途中だったんだって。それを聞いた鬼婆の娘はすっごく恥ずかしくなって、こんなすごい人を母親が殺しちゃったら、今度こそ神様もお許しにならないって思ってさ、茶屋には寄らずに帰れって一生懸命言ったんだけど、日が暮れちゃったんだよね。それで、泊まれそうなトコって他になかったっぽくて、鬼婆の家に泊まっちゃったの。」
「あー、タイミング悪いことってあるよねー、」
「かなりザックリした話だけど、解るの? カナメ?」
「んー、なんとなく?」
そこはほれ、番組でテキトーに編集して感動モノに仕上げるからっ。
委員長はほんと心配性だな。
「鬼婆の娘はさ、親を止めることも出来なくて、迷った末に自分がこっそり身代わりになったんだってさ。それでね、悲嘆に暮れる鬼婆がね、朝、起きてきた坊主に、その娘さんの菩提を弔ってくださいって言うの。このままじゃきっと地獄に堕ちてしまうって。自分の命を差し上げますからって。そしたら坊主がね、ばばぁのことを龍に変えたんだよ。」
「へー。龍になったら娘さんを助けられるの?」
いや、ツッコミ所そこじゃないだろ。お嬢。
なんで突然、龍が出てくんだよ。そう内心にツッコんだ瞬間、
「知らない。」とユノノンが突き放した返事をした。
「なによ、それー。」
「なんかねー、千人殺したから、千年池の底で懺悔して、それで天に昇る時には地獄にいる娘さんも連れてったげたらいいんだってさ。そう言ってた。」
「誰に聞いた話だよぉ、ユノノン。」
カナメ嬢が笑いながら締めくくった。イイ感じのシーンになったなと俺でも解る。きっとホノボノしたカットになったことだろう。
んでもさ、この子、ちゃんと創作怪談作れるんじゃん、なんてコトはちょっと思ったりして。俺の番組で言ってたことと違うなぁ、なんて。
設定はちゃんと詰めとこうね、ユノノン。
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