第三章 失ったモノ、残ったモノ
意気地のない少年は、夜の街で死ぬ。
赤い地平線に、ぽつんと太陽がひとつ。
黒のセーラー服を着て、こじんまりとした赤のネクタイをつけた少女が、どこか鋭さの帯びた煌めく黒髪を揺らして、廃れた街道を歩む。カツコツ鳴らすローファーは、街角の風景を変える。それは彼らにとっての始業の音だ。
街並みを往く歩みに淀みなく、冴える思考と起き始めた夜の町場には、
その少女はえらく不釣り合いに映った。
くすんだ空気が鼻孔をくすぐる、店先には白煙が立ち込んで、暖かなオレンジの光と、目にうるさいピンクやら水色やらの淫靡な明かりが泳ぐように揺らいでいる。
吸い込まれるように向かう大人たちの表情には、昼間の縛りが吹っ切れたような、清々しいものが見て取れた。
灰と煙に、少しの快楽を織り交ぜた街。
わたしがこれまで育った街。
「ただいまー」
セーラー服の少女は、自宅である地下バー、《Bar MIKE》に入り口の鈴を鳴らして帰宅した。
「オウ!
帰宅した少女、
「うん。ちょっと先生と話し込んじゃって・・・あれ?誰かスタジオ使ってるの?もしかして
「そうだぜ。・・・もう入ってから二時間くらいか?」
「そんなに?」
カウンターに整理していた酒瓶を置いて、あご髭をさすったマイクはその時の状況を説明した。
「確かにちょっと様子がおかしかった気がするな。なんだか素っ気なかったな」
「はあ・・・・」
困惑した
◇ ◇ ◇
「————————・・・・・」
Barのダンススタジオで、
滴る汗が練習着をぐっしょりと濡らし、額にかかる前髪はべったりと張り付いていた。
かれこれ二時間以上も練習を続けてはいるが、
「
「・・・・・・・」
それも自分の行いが全て悪くて、やり方を間違えてしまったからで・・・。
「・・・
「・・・・・・・・」
何より
「・・・
「えっ・・・ああ、
怒鳴るように名前を呼ばれた
「いや、ずっと声かけてたし・・・・・それよりも来るの早くない?約束したの夜だったよね?」
しかし、
「ああ、それは・・・・・それよりも早めにカメラ回さないか?編集の時間も作れるし、その方が都合がいいだろ?」
「・・・・・まあいいや、ちょっと待ってって、準備する」
◇ ◇ ◇
「じゃあ始めるよー」
「ああ、いつでもいいぞ」
練習着から着替えた
明かりを消したスタジオの光源は、
思わず目前の闇を手探るその空間には、パソコンのディスプレで不気味に照らされる
それは動物の顔だった。
目を凝らせばなんとか見えるこのスタジオ内で、白と赤を基調とした狐の面が、空中でのっぺりと浮かび上がっている。
その狐の面をつけているのは、
彼の趣味は、〝ヲタ芸〟 である。
幼少より、その曲芸に魅せられて、自身もそれを趣味にしている。
そう、趣味。だが————————。
その趣味が、趣味の範疇を超えている。
彼、浅井遥斗(あざいはると)の正体、それは、高度な技巧と多種多様なパフォーマンス、狐の覆面で素性を隠したミステリアス性を売りにした、大人気ヲタ芸動画投稿者「Haru」として、人々を魅了していた。
流行曲に乗った寄生虫、そう揶揄されることもあるが、彼には確かに実力があった。彼のチャンネル登録者数と各種SNSのフォロー数が、それを確かに
一見スポーツマンに見えるこの装いこそが、彼の「Haru」としての姿である。
「3・・・2・・・・1・・・・・」
そうして
◇ ◇ ◇
「あのさ、本当にどうしたの?」
撮影はひどいモノだった。
普段はパフォーマンスに口は出さない
「動きが曲とずれまくってる。いき急ぎすぎだよ。まあ、わたしの担当だしなんとかするけどさ、編集するこっちの身にもなってよ。本当に何があったの?正直、次もこれならわたし困るよ?」
「それは・・・・」
覆面を外した
さすがに下世話な部分は包み隠しはしたが、そうであっても、
しかし、
そして
「わたし言ったよね。好きなモノは好きって言えって」
「そんなのできないよ」
言葉にしなくても、この始末なのだ。
そのうえで、この気持ちを伝えてしまっていたら、もっと酷いことになってしまっていたかもしれない。
「じゃあ、その結果で誰か幸せになった?」
けれど、両目でじっとこちらを裁定するように見つめながら言った、
だけど、彼女が言うほどに、状況は簡単ではない。とても複雑なのだ。
だから、
「でも・・・」
「・・・ああ、めんどくさい!・・・見ろ!これ!」
むしゃくしゃした
それは
「
「お前が好きだって言ったんだから、こいつらも好きって言えたんじゃん」
「好き嫌いなんて誰にもわかんない。わたしもわかんない。けれど・・・」
「人間は悲観的に考える生き物なんだ」
「もしかしたら、その子も
「黙ってたら、ずっとすれ違っちゃうよ?」
「悲しい事もあるかもしれないけど、絶対に嬉しい事もあるはずだから」
「これがなによりの証拠だろ」
だけれど、その言葉は
「・・・・・・」
正直、
自身の趣味だって、たくさんの幸運に恵まれて、今がある。
初めは綺麗なものだと思った。それが次第にかっこいいと思えるようになって。
そんなかっこいいものが、姉の好きなモノであることが嬉しくて、自分が同じモノが好きであることが誇らしくて。
だからみんなにこの気持ちを伝えたいと思って、こうして形に残している。
それがうまく、運命の歯車にでも収まるように、数々の幸運に合致した。
本当に、一生に一度、あるかないかの、奇跡に近いものだ。
でも、それでも・・・・。
でも・・・もしも、ほんの微かにでも・・・。
まだ、このように希望があるのなら・・・・。
今一度、そんな幸運に縋ってみるのも・・・良いのではないだろうか・・・。
そうして
「悪い、
スタジオの出口に飛びついた
「終わるまで戻ってくるなよ」
そうして
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※
「少女の心は、夜闇に紛れて」
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