彼のすべてが欲しかった、リナリアの気持ち。

『ぼくは、みずきちゃんは優しいから、好きだよ』


幼稚園のころ、

好きと言われたから、好きになったのだ。

すごく単純な理由・・・自分でもどうかと思う。


だからその時は、一時の熱病のように、すぐに冷めて、終わるモノだと思っていた。


でもしょうがないんだ。

そいつはいつも、わたしが欲しいタイミングで、その言葉をくれる。


『みずきは頑張ってる。すごく偉いよ。僕だったら、逃げ出すかも・・・』


小学校に上がって、バレーを始めた。お父さんがバレーの選手だったこともある。

練習が本格的に始まって、わたしは何度も泣いた。

父の声が怖かった。腕に当たるボールが、足の裏にできたマメが痛かった。


周囲・・・というかチームメイトとコーチだけど、

プロの娘なんだから、当然うまいでしょ?わたしを見て初めに向けられるものは、そんな偏見で、それに応えられず、がっかりさせることが一番痛かった。


いつしか学校生活だけが心を休める空間になって。

他の場所に逃げたくて。


だからたまの休日は、遥斗はるとの家で過ごした。

彼が抱きしめてくれるのだ。

耐えられず泣き出したわたしを見た遥斗はるとが、してくれたから。


すごいよすごいよって、偉いよ偉いよって、好きだよって言われて。

わたしはそれがとても安心できて、心地よくて。


けれどわたしはバカだったから、その好きだよの中にある陰に気付かなかった。


『ただいま~』邪魔者わかなが帰ってきた。

『おかえり~。みずき、そろそろ離れないと』暖かい時間が終わった。


なんで離れるの?もっとくっついていたいよ。あなたの胸の中に居たいよ。わたしはまだこんなにも痛いのに・・・。


けれどわたしは思春期、抱き合ってるところを見られるのが恥ずかしかったのだ。

彼もきっとそうに違いないと思った。この違和感は気のせいに違いないと忌避した。

だって、〝〟はありえないのだから。


『たまに、自分が間違えているって、考えることがある』


中学に上ってすぐだったかな。遥斗はるとが言ったんだ。

それなりにバレーもうまくなって、地方のテレビ取材にも何度か出て、わたしも甘えるのが減って、寂しくなったときだった。



〝『遥斗はるとが間違ってるなんて、ありえないよ』〟



その頃に、彼に向けて言った言葉だ。

わたしが、選び間違えた、優しい甘言。歪な想いをたたえた嘘。

それがまさかこんなにも苦しめるなんて。


振り向いてほしかった。こっちを見ていると思った。

わたしならあなたを受け止められると示したかった。

だけどその言葉は、わたしにとって最悪な方向に作用した。


彼が自身の姉を好きだったなんて、思いもしなかった。

まさかあの時言った〝好き〟が、まだ続いているなんて。


水樹みずき、俺は姉さんが好きなんだ』

『・・・そ、・・・そう、なんだ』


自分が立てているのかわからなかった。

告白は突然だった。彼からすれば前から計画していたのかもしれない。

もしかすれば、彼はわたしの気持ちに気付いていたのかもしれない。


『・・・なんでわたしに?』

『君には言っておかないとって思ったから』


いいや、きっとそうだ。

それほど、わたしは露骨に行動していた。


彼の方から線を引いてくれたんだ。


『だから———————』

『言わないで!』


わたしは、もうそれ以上聞きたくなかった。子供みたいに耳を塞いで、包み隠した。

重たい沈黙が流れた。


『・・・は、はあ?!わたしが遥斗はるとのことを好きだとでも思ったの?!』


そうして出てきたのが、見栄っ張りなわたし。

やっぱりわたしはバカだ。だって彼はそんなこと一言も言っていない。

わたしの勝手な被害妄想が、これを産んだ。


『ていうか、姉弟で恋愛とか、ありえないから!』


違う、こんなことを言いたいんじゃない違う。


『気持ち悪い!』


違う違う違う違う違う違う違う違う!違うッ!


好きって言いたかった。これからもずっと一緒にいてって言いたかった。二人っきりのときだけは、前みたいにわたしを抱きしめてってお願いしようと思った。


だけど、あんな顔してあんなこと言われたら、もう無理だよ・・・。


告白の機会すら与えられず失恋したわたしは、八つ当たりで遥斗はるとにそう吐き捨てて逃げ出した。


その日の晩は、ご飯も食べずに、ただひたすらに泣いた。

終わったのだ。わたしは本当に一人になった。

支えを失ったわたしは、これから一人で、この両肩にのしかかる重圧に耐えなければならない。


けれどあいつは意地悪で優しい。


、そう思った。

コイツは残酷なほどに嘘がつけないのだ。


あいつはわたしが嫌がろうとも、幼馴染でいつづけた。


逃げよう、逃げるべきだ、逃げてしまおう。


けれど、わたしはやっぱりバカだから、まだチャンスがあるんじゃないかって夢を見て、振り向かせることが出来るんじゃないかって幻に縋って・・・。


もう無理なところ、戻れないところまで来てしまっていたのだ。

今更、遥斗はるとのいない生活など、考えられなかった。


高校に上ったあと、何度歩いたかもわからない通学路。

彼の発言で、ふと、よぎった考えに、怖気を憶えた。





「終わりにしないと・・・」


だから決着をつけよう。


今度こそ、ちゃんと好きと言って、すべてを終わりにしよう。


彼を呪縛から解き放ってあげよう。





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次回『手に入れた大切なもの。』

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