他人とってはどうでもいいので簡単に壊せる。

(痛い・・・・)


帰宅してすぐにスタジオに向かった遥斗はるとは背中の激痛に顔を歪めていた。


湿布しっぷを張った背中の一部分を叩きながらマイクの店の扉を開いた。


「お、来たね」


呼び鈴に声を紛れさせて、明日華あすかが出迎える。


「じゃあ、今日も始めよっか」


「痛ッ・・・!」


遥斗はるとを店内に招き入れた明日華あすかは彼の背中を押した。その時、ちょうど痛めている部分を押されて、苦痛に声を上げた。


その様子を訝しんだ明日華あすか

だが遥斗はるとはそれを誤魔化して、奥のスタジオに入った。


「・・・・・」


その背中を見送った明日華あすかは、しばしその場に立ち尽くした。



◇  ◇  ◇



次の日も、遥斗はるとは呼び出されていた。


「先輩、あいつは何をやったんですか?」


同行していた後輩が、隣に立つ二年生に問いかける。


彼らの視線での先で、遥斗はるとは三人に袋叩きにされていた。


初めは抵抗していたが、今では叩かれるだけの肉塊だ。


「あいつは佐々木ささきのライブの妨害をした。お前も見ただろ?ようはプロになる佐々木ささきをひがんでんだよ。嫉妬だ嫉妬、だから邪魔をする」


後輩は何を言っているのか理解できた。

なぜなら彼も会場の空気を肌で感じたからだ。


「俺たちはそれが許せない。せっかく佐々木ささきがここまでやってきたっていうのに・・・ようやくここまで辿り着いたっていうのに、こいつはそれを台無しにしようとしてる」


憤怒の色を顔に浮かべた彼は、そのままうずくま遥斗はるとの傍らへとしゃがみこんで、


「そんなもんにマジになってどうすんだよ。現実見ろよ」


遥斗はるとの髪を掴み上げた彼は、そう彼に諭す。だが、遥斗はるとは相手の手にある金属バットを見て、


「お前らだって、野球選手にならないんだから、やっても意味ないだろ。やめろよ」


「は?お前のそれと俺たちを比べるな。努力する奴をバカにするんじゃねえ」


持ち上げる手は、とても固くなっていた。

もう何度もマメをつくり、また潰してきた手だ。その手こそが彼らのこれまでであり、命そのものだった。


「こっちは野球に心血注いでんだよ。全て捧げた。お前みたいなお遊びとは違うんだよ」


「・・・・その割にいじめる暇はあるんだな」


その一言で激昂した彼は遥斗はるとを殴り飛ばした。


「マジ気色悪いわ、コイツ。自分の世界に入りすぎだろ。おい、こいつ抑えてろ」


取り囲んでいた三名が、遥斗はるとの体を持ち上げる。何をするつもりだ、と目をやると、目前ではバットを振り上げる者の姿が。

その行く先は、遥斗はるとの肩である。


「や、やめろ。それは大切なものなんだ」


「知らねえよ。俺たちは大切じゃないんだから」


「だ、だからって壊して良いはずがないだろ。違うだろ」


そうして、力む声と共にそれは振り下ろされた。


襲い来る激痛に、遥斗はるとは絶叫した。


そんな彼に、鉄の持ち手は冷静に言葉を落とす。


「俺らの仲間だって怪我で野球が出来なくなったヤツがいる。そいつらと比べれば、お前のは軽い」


彼らにとっては、もう何度も見て来た光景なのだ。いったい幾度・・・、苦痛に歪む仲間の顔を見てきたことか。


(それこそ知るかよ。俺はそいつらの顔を知らない)


しかし、そんなことは遥斗はるとにとってはあずかり知らぬところだった。


「これに懲りたら、俺たちの夢を壊すな」


先程の喧騒とは一転して、校舎裏には静寂が舞い降りた。



◇  ◇  ◇



数名の男子生徒が去り、その場に取り残された人物は二名となった。


一名は遥斗はると、もうひとりは去った彼らの後輩である須藤すとうだ。


「馬鹿じゃないの?お前・・・。こうなるって予想できただろ?」


同学の彼は、うずくまる遥斗はるとに突き放すように言った。


「意味がない———どころか敵を作るようなことをやって・・・、お前いったい何がやりたいんだよ・・・」


理解できない。彼と遥斗はるとの距離が、それを如実に表していた。彼には、這いつくばった同級生がとても同じには思えなかった。


すると遥斗はるとはおもむろに言ったのだ・・・。


「俺は今まで意味のないことをしてきた」


「なら・・・」


なら、やめてしまえばいい。

何も残らないのなら、何も成しえないのなら、投げ出した方が賢明だ。


だが、肩をかばって立ち上がった彼は、その賢明な部類の人間ではなかったようだ。



その矛盾に、須藤すとうは理解を示せなかった。


「俺にはそれがあるから、こうしていられる」


だから彼は、この先に希望があると信じていられる。


多くの破滅が待っているのだろう。

多くの脅威をつくるのだろう。

この先には明確に苦痛がまみれている。


だけど・・・・。


「終わりはないんだよ、須藤すとう


目指して、叶うまでは、終わりは訪れはしない。

終わりは人の手にあり、その人が諦めないと決めたのなら、そこに終幕は存在し得ない。


たとえ小さくとも、その汚濁の中に光があるのなら・・・。

それが過去の光景であり残光であろうとも、彼は追いかけ続けるのだ。


だって彼はここまで〝星〟を目指してきたのだから。


しかし、須藤すとうにはそれがないので、もう同じ人間だとすら思えなかった。


「訳わかんねえ・・・」


須藤すとうは生粋の現実主義者である。


実りがないと分かれば即座に斬り捨てるし、無駄なことを一番に嫌う男だ。


なので彼はいま、自分自身に腹を立てていた。


なぜ自分は、コイツなんかに入学当初から無性に惹かれたのか、と。


「一生わかんねえよ、お前たちには・・・」


憎々し気に吐く遥斗はるとは、須藤すとうを置いて教室に戻っていった。


須藤すとうはその背中が怖くなって、もうあいつとは関わらないでおこうと決めた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「善の反対は悪ではなく、また別の善である。」

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