善の反対は悪ではなく、また別の善である。

遥斗はるとは激痛を抱えながらもスタジオに向かった。


昨日は肩を砕かれた。


その苦痛もあり、練習での技の精度はかんばしくなかった。

キレというものが、明らかになくなっていたのだ。


だがそれがどうした。肩がないなら腰を使って振ればいい。


「おい、そこの一年坊。ちょっと来い」


翌日を迎えた遥斗はるとは、食堂で昼食を取っていると、男子生徒数名が取り囲んできた。



◇  ◇  ◇



遥斗はるとは激痛を耐えながらもスタジオで腕を振っていた。


次は足。


鍛え抜かれた脚力はボールを蹴るモノであったはずだが、今回は遥斗はるとだったらしい。


初めの動作など見る影もなく、つまづくような印象を受ける動きだった。

その日は練習を早々に切り上げた。


だが問題ない、なぜなら足は二本ある。まだ十分戦える。


「お前か、浅井あざいの弟は」


翌日を迎えた遥斗はるとは、図書室で身を隠していたが、男子生徒数名が取り囲んできた。



◇  ◇  ◇




遥斗はるとはスタジオで、肩にテーピングを巻き、右足にサポーターを巻いて練習に臨んだ。


次は腹部。


ヘッドギアをめる渋のある顔と、プロテクターをまとう巨大な肉体は、本来であれば同じ競合者に叩きつけるはずだが、今回は遥斗はるとだったらしい。


襲い来る、あばら骨の激痛。

自身のパフォーマンスに嘆息たんそくこぼした。

その日の練習は、十分にも満たなかった。


だが問題ない、ひねるのであれば、まだ腰が残っている。


「おい、あいつだぜ」


「ああ、やっと見つけた」


翌日を迎えた遥斗はるとは、人通りの少ない踊り場で身を隠していたが、男子生徒数名が取り囲んできた。



◇  ◇  ◇



遥斗はるとはスタジオで、仮眠を取ろうとしていたが、ロクに眠ることが出来なかった。


次は背中。


見上げるばかりの体躯は雑木林が如く、本来であれば同じ目線の者同士で争うはずだが、今回は遥斗はるとだったらしい。


腕を動かすだけで痛い。

その日は早々に練習を切り上げた。


だが問題ない、まだ無事なところは残っている。


「よう、随分と長いクソだったな。待ってたぜ」


翌日を迎えた遥斗はるとは、トイレで昼食を取っていたが、個室から出ると、男子生徒数名が取り囲んできた。



◇  ◇  ◇



遥斗はるとは自宅で氷袋を体に押し当てていた。


もう考えるのも馬鹿らしくなってきた。


鉄球を持ち上げ、彼方へと打ち上げるその大木のような上腕二頭筋、今回の投擲とうてき物は遥斗はるとだったらしい。


文化祭まで時間が無い。

その日は練習を休んだ。


無事なところなんてもうない。


「あれれ?君が遥斗はるとくん?実は前から君に興味があったんだよね。こんなところじゃああれだから、場所を変えてしない?」


翌日を迎えた遥斗はるとは、逃げ疲れて教室で寝込んでいたが、男子生徒数名が取り囲んできた。



◇  ◇  ◇



これらの行為に悪意は存在しない。


皆が正義であり、皆が誰かのために行動を起こしていた。


だから誰もこの行いを裁けないのだ。


悪なんて、この物語に初めから存在しない。




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次回「空は陰り、曇り空、甘い雨だれが降りる。」

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