空は陰り、曇り空、甘い雨だれが降りる。

本日のお昼時、遥斗はるとに用のあった神崎かんざき水樹みずきは、彼の教室に来ていた。


浅井あざいくん?うーん・・・さっきまでいたんだけどね。知り合いの先輩とどこかに行ったみたい」


「・・・そっか」


ここのところ顔色が不健康で元気もなかったので、気になって来たが、いったいどこに行ったのか・・・。


「ありがとうね」


「いいよ。また何かあったら呼んでいいから」


水樹みずきは仕方がないので、自分で探しに行こうと考えたところで、


神崎かんざき浅井あざいに用か?」


「うん、そうなの。・・・えっと・・・」


須藤すとうだ、案内してやる」


水樹みずきに気付いた須藤すとうは、そのまあ彼女を校舎裏にいる遥斗はるとの下に案内する。






「ねえ、なんで外に?遥斗はるとはなんでこんなところに?」


「・・・・この先だ」


須藤すとうに示されるままに、水樹みずきは校舎の壁の先を見た。


水樹みずきは自身が見た光景を疑った。

彼女の視線の先では、幼馴染である遥斗はるとが、男子生徒に頭部を踏みつけられていたのだ。


はる——————ッ!」


叫ぼうとするが、背後から須藤すとうが口を塞いだ。

その甲斐もあってか、向こうの側の生徒には気づかれることはなかった。


「なんで止めるの?!」


「・・・・ああなって当然だ。これはあいつの自業自得なんだよ」


水樹みずきには、止めないばかりか、あれを肯定する彼が信じられなかった。


「あんなのが許されていいはずがない!」


そう強気に言い放つが、須藤すとう遥斗はるとに向けて憐れみの視線を向ける。


それを伺った水樹みずきは、もう彼は頼りにならないと理解し、そのまま遥斗はるとの下へ向かおうとするが、腕を掴んだ須藤すとうがそれを止めた。


「あいつは頭がおかしんだ。そんな奴とつるんでるとお前まで目をつけられるぞ」


須藤すとう水樹みずきに向けて、切実にそう告げた。

彼は目くばせで、自分達の視線の先を示して見せた。

そこでは遥斗はるとが地に這いつくばっている。

地面に横たわった肢体は、ピクリとも動かない。

その有り様に、水樹みずきが同じ道を歩むことを、何より須藤すとう自身が苦痛を感じていた。


だが、水樹みずきには遥斗はるとの現状を許せない。


遥斗はるとをそんな風に言わないでッ・・・!」


須藤すとうの手を振り払った水樹みずきは、そのままうずくまる者へと向かった。


須藤すとうが拘束を解いたのは、何も水樹みずきの意思の強さだけではない。ひとしきり痛めつけ終わった執行者たちが、満足して遥斗はるとから離れたからだ。



◇  ◇  ◇



遥斗はると・・・遥斗はるとッ!」


「あ・・・・ああ・・・・・・・」


意識を失っていた遥斗はるとは、強く揺すられる手と、水樹みずきの声で目を覚ました。


もう終わったのかとあたりを見まわすと、ここに連れて来たクズどもがいなくなっており、代わりに水樹みずき須藤すとうがいた。


遥斗はるとは体を起こして、バツが悪そうにすると、


「あはは・・・ちょっと転んじゃったみたいだ、水樹みずき


「・・・そ、そんなわけないでしょッ!?」


無理に誤魔化そうとする遥斗はるとに、水樹みずきは「あんなのひどすぎるッ!」と激昂した。


その様子に、遥斗はると須藤すとうに睨みを利かせるが、当の本人は悪びれる様子もなかった。


水樹みずきの怒りは収まるところを知らず、そのまままくし立てる。


「こんなのすぐに止めさせないとっ・・・遥斗はると、あいつら誰?すぐに文句言ってやるんだからッ・・・!」


「・・・・・・そのことなんだけどさ————————」


あわや学校に抗議に向かおうとした水樹みずき遥斗はるとは制止した。そして・・・。


「俺たち・・・ちょっと距離を置こう」


「—————————何言ってるの、遥斗はると?」


しばし絶句した水樹みずきうわずる声音には、まだその動揺の色が濃く残っていた。


そんな水樹みずきを置いて、遥斗はると須藤すとうへと視線を送った。


須藤すとう水樹みずきのこと・・・・任せてもいいか?」


一歩下がったところからふたりを見守っていた須藤すとうが前に出る。


「・・・・俺は敵だぞ」


「それでもいい。水樹みずきのこと、守ってやってくれ」


その頼みに、どこか腑に落ちないのか顔をしかめた須藤すとうは、


「いいのか?自分で言うのもなんだが、神崎かんざき


「・・・そうなったら、潔く諦めるよ」


ふたりの会話を全く理解できなかった水樹みずきは、ようやく自分が遥斗はるとと離れてしまうと分かると、彼にすがりつくように、または懇願こんがんするように言った。


「ち、違うよね?嘘なんだよね?ねえ、遥斗はると・・・遥斗はるとッ!」


「ごめんな、水樹みずき


だが、そう痛切に願おうとも、浅井あざい遥斗はると神崎かんざき水樹みずきを手放した。


・・・・・俺のせいで、水樹みずきが傷つくことだけはあってはならない。


それだけが、彼が許さないことだから。


「やだよ・・・こんなの望んでないよ」


最後に校舎裏に響いたのは、少女のすすり泣きだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「雨は砕き、雷鳴は胸を貫く。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る