最終 第Ⅲ章 あまねくすべては、あなたのために

そのまま無様に壊れてくれよ。

それは、遥斗はるとがちょうどスタジオに撤退した時間帯、康人やすとが先日の学内祭の謝礼に菓子折りを宮越みやこしに届けに立ち寄った時であった。


てっきり一二言ひとふたことで、早々に帰宅できるものだと思ったが、受付で要件を伝えたところ、そのまま中に通されてしまった。


「いやあ、佐々木ささきくんは運が良かったね」


「運が良かった?」と安藤あんどう康人やすとは疑問を吐いた。


「何を言っているんですか?亜美あみの実力は本物です」


学内祭の反応を見れば、それは明らかだ。あれのどこに運の要素があったのか。


理解の示せない康人やすとに、宮越みやこしはタブレットを渡した。そこには動画が再生されていた。


「これ見てみ?」


そこには光があった。

ふたつの光が巡るめくまわり、暗闇の中で泳いでいた。


「・・・これが何だって言うんですか?」


関係のない映像に、答えを伺う康人やすと。そうして、彼が思っているよりもはやく、その真意が伝えられた。


「学内祭にね・・・いたんだよ、〝彼〟が」


康人やすと宮越みやこしの言葉を疑った。たちの悪い冗談かと思ったが、お茶目に顔を緩ませる様子もない。彼は大真面目に言っている。


康人やすとは即座にその人物を調べた。宮越みやこしもそれを見て時間が必要だと感じたのか、待ってくれていた。


結論から、その人物は完全にプロと遜色なかった。チャンネルの登録者も、既存のファンも、亜美よりも比べようがないほど大きかった。


だが、それがどうした。


「見掛け倒し、大したことないですね。・・・いいえ、ここで言うべきは亜美あみの実力でしょう。彼女は正面からねじ伏せたのだから」


実際にあの場で勝ったのは俺の歌だ。


しかし、宮越みやこしの結論は違ったらしい。


「〝運が良かった〟・・・そう言ったよね?」


えらく機嫌のわからない声でそう言ったので、無意識に身構えてしまった康人やすと。その気味の悪さに、タブレットを持つ手が汗ばんだのを、明確に感じ取れた。


「データだけを見れば、格上だったことは確かだ」


宮越みやこしは映し出される数字を叩く。そのあまりの凄みに、画面が割れてしまうのではないかと思った。


つまり・・・。


数字は嘘をつかない。そう言いたのだろう。


「佐々木くんが勝てたのはテリトリーが違っただけ。もしも天秤がどちらかに傾いていれば、状況は違っていただろうね」


その言いように、康人やすとは怒りを覚えた。

その発言は、彼の魂を否定する言葉だったのだ。

宮越みやこしは挑発するように、ゆっくりと歩みよってきた。


佐々木ささきくんの地道な努力の結果なのか・・・」


強言で言い放ってやろうかと口内に力を込めたが、宮越みやこしは次の瞬間、康人やすとの胸の上に人差し指を置いた。それは綿毛に障るかのように丁重で、優し気な指ではあったが、康人やすとにとっては槍で貫かれたような感覚だった。


?」


背中に嫌な汗が伝った。その言葉は、康人やすとの胸中の奥深くまで届き、いつまでも反芻はんすうし続けていた。


そんな半ば恐怖に陥った康人やすとなどお構いなしに、宮越みやこしは話を続ける。


「今度の対決は文化祭、つまり一般の客層も増える。今の人々は一体どちらを好むのかな?」


そんな目で俺を見るな、思わずそう言いそうになってしまった口をつぐんだ康人やすとは顔を背ける。だが、宮越みやこしは小首を傾げてその顔を覗き込んだ。


「これで条件は揃ったわけだ。この場合・・・勝つのはどちらなんだろうねぇ~?」


「・・・・そんなの亜美あみに決まってます。常識的に考えてそうでしょう?あんなニッチなコンテンツに負けるわけがない」


デスクに戻る宮越みやこしを見て、康人やすとはとてつもない虚脱感きょだつかんに襲われた。まるで巨人に握りつぶされる寸前の気分だった。


だがそんな心労などに気付きもしない宮越みやこしはデスクを撫でる。その手には、微かな郷愁きょうしゅうが感じ取れた。


「所詮、芸能など受けるか受けないかのどちらかなんだよ。わかりやすく言うと〝時代〟だ」


「おじさんもついていくのでやっとだよ」と困ったように告げているが、この事務所を見る限り、それは最先端だ。

宮越みやこしを見るに、彼はどうやら楽しんでいる節もあった。


「さて・・・その〝時代〟は、今はどっちに傾いているのか・・・。それはわたしの追い求めているところでもあり、非常に楽しみなところだ」


「・・・ずいぶんな言いようですね。それにずいぶんと肩入れをなさる。もしやお気に入りでしたか?」


宮越みやこしの軽んじるような物言いに、こちらも黙っているわけにもいかず、康人やすとは意地悪に探りを入れた。

だが、そんなことを気にした風もなく、宮越みやこしは笑みを浮かべると、


「なにを言う。僕はむしろ君たちに肩入れしてるんだよ。?」


「・・・確かに、ご助力を感謝いたします」


「いいよ、。君たちの手腕を楽しみにしているよ」


なんだか腑に落ちない回答に、康人やすとはモヤモヤを抱えたまま、退室した。


そうして康人やすと宮越みやこしは、そこで別れた。





そこからはうまいことに仕掛けが作動した。

学内祭の前に連絡を入れていた甲斐もあり、海里かいり康人やすとの想像通りに動いてくれた。


信憑性の欠片もない噂話程度のものであったが、都合の良いことに、件の学内祭でそれが形となった。


あとは、このままうまくいけば・・・・・。




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次回「他人にとってはどうでもいいので簡単に壊せる。」

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