その星と歌は人を魅了する。

開店前の《Bar MIKE》。

帰宅してすぐにここに来た遥斗はるとは、今日も練習に励んでいた。


短い呼吸に合わせて、鉄アレイの絡みついた両腕を振り回す。


「ようし、長時間の動作にも慣れて来たな。いいぞ」


うんうんと、満足げに頷くマイクも、当然のようにパイプ椅子の上に立たされていた。彼は遥斗はるとの成長に賛辞を贈る。


「もうちょっと失敗してくれても良かったけどね~」


「やめろ。これ以上、犠牲を増やすんじゃない」


横で茶々を出した明日華あすか


現在、遥斗が実践している技は、ウラヌスというものだ。

これは左右の弓を引き絞るような動作から繰り出される多連の手首回転、そこから繋がる肘を軸にしての回転運動であるトーチを行う。


他と比べても非常に回転数の多い技なので、絶対に決めたい技だ。

その証拠に、あまりの回転数からマイクのシャツの裾が、風圧でまくりあがっている。


この練習方法を始めて、かれこれ一週間と半分が過ぎたが、実に多くの犠牲があった。マイクの玉に、マイクの玉、あずにゃんグッズである抱き枕をひとつ挟み、マイクの玉だ。


技を変えるごとに払われた犠牲、だが、その成果として、遥斗はるとの動作には全くと言っていいほどブレガ見られなくなってきた。


「それでもまだ違和感はあります。これすら無くさないと・・・」


タイマーが鳴って、二十分の活動を知らせる。そこで一度、動きを止めた遥斗はるとの表情には、達成感は見られなかった。


ゴムバンドを解いて、鉄アレイを床に置いた遥斗はるとは、スタジオの隅にあるレッグエクステンション———ようは足のダンベル———に向かった。


通常に座って太腿ふとももの筋肉を、今度はうつ伏せの形態(レッグカール)に組みかえてふくらはぎを鍛える。


それが終われば体幹トレーニングだ。


鉄アレイをつけての技の練習、脚力の増加、それを支える体幹の強化。

体を長時間の活動に向いたものに鍛え直す。


(学内祭まで、あと少し。もっと技の完成度を上げないと・・・・)


そうして遥斗はるとはまた、平面ガラスの前で足を広げて、確認を行った。



——————————————————————



安藤あんどう康人やすとは、多忙を極めていた。


(Youtube、Twitter、インスタグラム、TikTokの投稿用の動画作成、あとは・・・・付近の店舗に文化祭の広告の掲示願いと、・・・・ああ、あのクソ理事長に頼まれた文化祭広告を忘れていた)


追われる広告活動、そうして降りかかる邪魔な仕事。

一つならまだしも、こうして重なれば、大変な修羅場となる。


襲い来る眠気が酩酊感を掻き起こし、胃の中がひっくり返るような吐き気が引き起こされる。


(動画は今日作るとして、明日はお店への了承と挨拶まわり、一様は学校の掲示板も使うか?・・・いや、それならホームページでも設立した方がまだ建設的か・・・)


脳裏で亜美あみのファンクラブがちらつく。奴らなら喜んで協力するだろうが、それに対する見返りを求めそうなのが怖いところだ。


背に腹は代えられないとは思うが、それにしたって怖すぎるので、やはり自分自身でするほかないと、腹をくくった。


しかし取り掛かってみたものの、あまりの難航さと眠気により揺らぐ視界に、目頭を押さえた。


ひときわ強くほぐして、暗転させる邪魔な感覚を明後日の方向に飛ばそうとするが、なかなかなくならない。


いっそのこと、数分仮眠を取ってから作業を再開しようかと考え出したころ。


「ただいま~」


するとランニングから亜美あみが帰ってきた。

彼女は持っていたボトルを口に含む。


「よっと・・・」


驚くことに、時間が惜しいのか、この場で着替え始めた。つけていたマスクを外し、上着を脱ぎ始めたところで、何をしようとしているのか気付いた康人やすとは慌てて回転イスを回して、視線を外した。


「着替えるなら更衣室でしなよ」


「大丈夫だって、ここには康人やすとしかいないんだから・・・」


「それが問題なんだろ」


そんな会話をしているうちに、着替えを済ませた亜美あみは扉を開いて、体を半分外に出す。けれど残った半身を康人やすとに向けて、曇りのない顔で言ったのだ。


「一秒でも無駄に出来ない。皆の期待にも応えたい。何より、わたしたちの夢でしょ?」


「・・・ああ、そうだ」


康人やすとも、それに深く頷いて答えて見せた。

それを受け取った亜美あみも、眩しいほどの笑顔を向けて、スタジオに駆けていった。


康人やすとを残した室内には、活力を与えるような足音が響く。


残った彼は大きく伸びをし、ここが正念場だと言わんばかりに頬を叩いた。


そうして目の前の業務に取り掛かる。


もともと、努力はできるし、才能もあったのだ。あと不安なのは、肝心の結果だけ。

なら、それを限りなく成功に近づけるのが俺の役目だ。


「当面の目標は、学内祭だな」


直近の予定は学内だけで開かれる身内だけでの疑似的な学園祭だ。去年の亜美あみも、ここで生徒の心を掴んで、当日の声援に大きく貢献した。


今年も、彼女は生徒の心を必ず掴む。それだけの努力はしてきているのだ。


「そのためにも・・・手は打っておかないと・・・」


おもむろにスマホを取り出して、どこかへと電話をかけた康人やすと、3コールと待たないうちに、相手は通話に出た。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~ そうして物語は、ラストを飾る第Ⅲ章 そこに繋がる第Ⅱ章へ ~~

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