最終 第Ⅱ章 あまねくすべては、その想いに。

示せればいい。

「タコセン、おはよー!」


「はーい、おはよう」


昨日の疲れの取れていないため遅刻しかけた遥斗はるとは、教室の前で女生徒と挨拶を交わす田端たばた光輝こうき先生を見かけた。


「タコセン、ちーすっ!」


「コラ、先生の肩を叩くんじゃない」


天然パーマが特徴的な、物腰柔らかな見た目で、いつも優しそうに微笑んでいる先生だが・・・・。


「あ!」


「あっ・・・やべっ・・・」


田端たばた先生と目が合ったその男子生徒は一目散に逃げだした。


「コラァー!ロッカーに落書きするんじゃない!」


「まずい、逃げろ逃げろ」


遥斗はるとも教室に入って中を見た頃には、ペンでデカデカと名前の書かれたロッカーが目に入った。


先生は怒ることに慣れていないような見た目のため、こんな風なイタズラが起こるのだ。


「全く・・・」


逃げおおせた生徒はそのままどこかへと姿を隠し、田端たばた先生はそのまま朝のホームルームに入った。


連絡事項を前置きに、今日の予定などもつらつらと並べ終えると、


「あと、学園祭と学内祭のイベント申請が今日までだから、希望がある人は放課後までに僕のところに来るように」


解散、と朝の数分が終わりを告げる。

普段ならそのまま教室の前扉より職員室に向かう田端たばた先生であるが・・・、


「ああ、これどうしよう・・・」


教卓から教室を横断し、ロッカーの前に佇むとつま先をカツカツと床に打ち付けて、事後処理を考えていた。




◇  ◇  ◇



朝の澄み切った空気が満たされる校門には、高級車が停まっていた。


黒光りする光沢は、命いっぱい陽光を反射して、その存在感を浮き彫りにする。


バタリ、と高級車の扉が、運転席から出て来た人物に開かれる。


「ふう・・・・」


そこから出てきたのは、個性の塊のような人物だった。


こちらもまた、高級感の漂う革靴から皮切りに、薄いピンクのシャツの上に浅葱色のスーツを羽織り、ツーブロックにした金髪は風になびくほど艶やかで、左右に分けられた前髪が虫の触覚のように伸びている。


「御足労頂き、感謝いたします、宮越みやこし様・・・。よくぞ、我が校においで下さいました。心より歓迎いたします」


目立つことこの上ないその人物を出迎えたのは理事長だ。

彼は抱きかかえているかのような歩みで下腹の脂肪を揺らし、目前につくと小綺麗な作法で対応した。


「これはご丁寧にどうも、理事長殿自らが出向かずとも、案内人を使えばよろしかったでしょうに。お気遣い痛み入ります」


浅葱色のスーツの男は、サングラスの下、下唇からあごにかけての整えられた髭を揺らして答えた。

その返答に理事長は「とんでもない?!」と仰々しい態度をとる。


「お客様を出迎えるのですから、当然でございます。ささっ、こちらに・・・。ご案内いたします」


そうして理事長は、その男を校内へ案内した。

応接間までの道の途中、理事長は横で歩む男に向けて、相手を上手うわてにした態度をとる。


「まさか大手芸能事務所の宮越みやこし様にお声がけいただけるとは・・・、私としても、とても鼻が高いことでございます」


青いタイルが鈍く照る廊下で、男はそのわかりやすい配慮に、社交辞令を返した。


「光る物があるのなら、それを見つけ出すのが私の仕事であると考えます。こうして私の目に入ったのは彼女自身の努力の成果でもあるかと存じますが、それもひとえに御校の施策も大きなところであると思いますよ?」


「ハハッっ!そこまで言って頂けるとは・・・学園祭でも、その成果を十二分の発揮してみせましょう!」


「その話ですが、今日は校内を拝見させて頂いても?飾り彩られた若い輝きも大変魅力的ではありますが、ありのままの生徒たちの姿を見たいと考えます」


「ええ、もちろんです!」と理事長が食い気味に了承したところで、応接間についた。扉が開かれて、二人は中に入る。


佐々木ささきくん、宮越みやこし様がいらっしゃった。挨拶なさい」


室内では二年生である佐々木ささき亜美あみがいた。

宮越みやこしの姿を捕えて、かけた腰を持ち上げた彼女は、合わせた手でスカートの裾を抑えて礼をした。


その立ち振る舞いに「そんなにかしこまらなくていい、ただのおじさんさ」と、相手を安心させるように言った宮越みやこし


彼は懐から名刺入れを取り出し、中身にあった一枚を亜美あみに両手で差し出した。


宮越みやこし英二えいじと申します。こうして若き才能に巡り合えたことを、大変うれしく思うよ」



◇  ◇  ◇



「はい、申請だね。確かに受け取ったよ、浅井あざいくん」


放課後も中間に差し掛かる時間帯に、遥斗はると田端たばた先生の待つ空き教室に来ていた。


「それにしても・・・、まさか浅井あざいくんがステージイベントに参加するとはね・・・」


長机に膝をつき、パイプ椅子にちょこんっと礼儀正しく座っていた田端たばた先生。彼が初めに遥斗はるとを見た時には、それはもう目を何度も瞬かせ、得も言われぬ表情をしていた。


「ははっ・・・、大人しい感じで親近感がわいていたんだけどね・・・。なんだか見放された感じだ・・・」


そう残念そうに告げる田端たばた先生に「ありがとうございました」と一言告げた遥斗はるとは、そのまま空き教室を出て行った。


スライドドアを閉めて振り返れば、窓の外はもう紅に染まっていた。

時期も時期で、この時間帯ではもう夜が迫っている。


その景色になんだか焦燥感を感じた遥斗はるとは、急いで帰宅を始めた。

イベントに出るだけがゴールじゃない。そう言い聞かせて。


だが・・・・。


そう言い聞かせたはいいものの、右に一歩を踏み出した瞬間、出鼻をくじかれた。

走り出そうとしたのだが、目前にそれが現れて、踏み出すことを躊躇ったのだ。


遥斗はるとの前には、まるで空間に乱暴に塗りたくったんじゃないかと思うほどの奇異が映った。


校内では絶対に見ることのない特異な浅葱色のスーツに、存在を刻み付けるが如く足音をカツカツと鳴らしてこちらに歩み寄る金髪の不審な人物。


その装いから、なんだか絶対に関わらない方がいい人だと思った遥斗はるとは、気持ち分だけ体を壁側に寄せて、彼の横をすれ違おうとした。


「君もここにいるということは、ステージに挑戦しに来たのかい?」


けれどその人物は、遥斗はるとを逃がしてはくれなかった。

びくりと肩を悪わせて、ぎこちなく振り返った遥斗はるとはおずおずと彼を見る。


「そう警戒しなくていい。僕はただの、夢見る少年少女を応援するおじさんだよ」


その様子から、自分がどのように思われているのかを察したのか、落ち着かせるように両手を上げてみせた不審な人物。おそらく自身の無害性を訴えたかったのか、けれど、その行動で遥斗はるとの懸念が晴れることはなかった。


「どこかで会ったことがあるかな?」


凄く長く感じられた沈黙の中で、ふいに男がそんなことを言った。

その発言に感ぜられる怪しさが、これまで感じていた不安との相乗効果により、半ば恐怖に変わっていた。


「・・・いいえ、初対面のはずです」


なんとかそれだけを言うと、男は遥斗はるとを上から下へ、下から上へまじまじと見つめて、鼻息で嘆息を吐くと、諦めたように告げた。


「人を憶えることには自信があったんだけどね・・・・」


今までの不躾ぶしつけな態度から「すまなかったね」と短く謝罪した。


「人違いだったみたいだ。いやはや、職業柄でね。実際でも画面越しでも、人を見ることが多くて。・・・・それに君ほど肉付きは良くなかった気がする」


後頭部を掻いて、勘違いだったと男は片付けた。

その動作に、話は終わったと思った遥斗はるとは会釈してその場を去ろうとしたのだが、しつこいことに、男は遥斗はるとの背中に言葉をぶつけた。


「少年よ、夢はあるかい?」


斜陽の差し込む廊下に、その言葉は色濃く残った。

それは遥斗はるとにも同様のことで、なぜ惹かれたのかは遥斗はると自身にもわからなかった。


夢、それは、〝星〟だ。


綺麗、純粋、穢れ無し、無垢。


まっすぐで、何者にも揺るがされることのない、惹きつけられる、目印のような魅了する〝星〟。


だけど・・・。


「そんなのいらない。俺はただ大切な人に示せればいい・・・」


遥斗はるとにとって、それはもう叶ったことだから、これ以上はないのだ。

残ったモノは、ただそれだけなのだ。


「そうか・・・・・・非常に残念だ」


男は落胆し、遥斗はるとから興味が失せたのか、踵を返して反対方向へと向かっていった。それを見た遥斗はるとも、男とは反対方向へ走り出す。


遥斗はるととその不審な人は、そこで別れた。




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次回「暗雲の中に、希望があると信じて、それで・・・。」

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