そうして壊れてしまった心 上

高校生になって、夏が来た。華の女子高生というやつだ。


高校生活もそれなりに無難に過ごしたわたし、遥斗はるととの関係も、お互いに文句や愚痴の言い合える程度の関係性に戻って、過保護なお世話も肉体的接触はめっきり減った。


「ねえねえ、海行こ!」


「いいね!」


きらめく海、突き抜ける青い空、燦燦さんさんと照り付ける太陽。


「花火しよ!」


「いいね!」


打ち上げ花火、たる花火、筒形つつがた花火、線香花火。

夏の風物詩ふうぶつしを満喫する。


若菜わかな笑いなって!」


「笑ってるよ!」


「嘘だあ!」


「嘘じゃない!」


あははははは、と少女たちの笑みが躍る。

ごおごおという風に乗せて、蒸し暑い夜空に。


「夏祭り!」


「りんご飴、金魚すくい!」


「フライドポテト!」


「おいしいけど、らしくない!」


「けれど最高!」


浴衣姿ではしゃぐ女子、箸が転がるだけでおもしろい年頃。


わたしの開いた空白を埋めてくれる、あたたかい過去。


戻ってきたのだ。



◇  ◇  ◇



「え?美恵利みえり安藤あんどうくんと付き合うことになったの?!」


「う、うん・・・」


気恥ずかしいそうに頷くのは、わたしたち四人グループ、そのうちの一番気弱そうな女の子、古市ふるいち美恵利みえりだ。


少しヒステリック気質のある子であったが、一番に彼氏抜けするのは、意外だった。


「ねえねえ、どっちから?どっちからこくった?」


安藤あんどうくんから・・・」


「え?なんでなんで?なんで受けちゃったの?美恵利みえり長谷川はせがわくんが好きだったよね?」


「それは・・・・」


言い淀む美恵利みえりはしばし、思案してから、


「すごく、積極的だった」


「「「キャア———————ッ!!!」」」


「も、もう!茶化さないで!」


かわいく怒る美恵利みえりに、黄色い声が鳴る。

そんな浮かれるわたしの袖を「ねえ」と、横から引く友達。


「一緒に長谷川はせがわくんに玉砕してみる?」


「えー?」


長谷川はせがわ海里かいり。柔道部の次期エースだ。

180センチは超える身長に、がっしりとはしているが、見た目は細マッチョ。その上に、ちょこんと甘いマスクが乗っている。まあ、学校のトップイケメン。雲の上の存在だ。


まあ、わたしも新しい恋を始めるべきだった。むしろ遅すぎるくらいだ。


その日から、前から悪くは思っていなかった長谷川はせがわくんを、目で追うことが多くなった。



◇  ◇  ◇



その場に居合わせたのは、たまたまだ。

自販機帰りに、化学準備室の前に通った時だ。


「ちょいちょい!長谷川はせがわくん!辛いでしょ、持つよ?」


「ん?・・・いいのか?」


「だって怪我してるじゃん!」


わたしが長谷川はせがわくんの手頸を指さすと、彼は不思議そうな顔をした。


「知ってたのか?」


「うん。ちょっと袖から見えたし」


彼の手首には、テーピングが巻かれていた。


「・・・・悪い」


うちの化学教師も、なかなかに酷なことをさせる。


長谷川はせがわくんの持っていた茶色い箱、フラスコやビーカーなどのガラスの実験道具が入っている。


それだけなら、それほどの重さではないのだが、意地悪なことに、痛そうな鉛のスタンドが入っている。これがこの箱のほとんどの重量だ。


そうして雑談交じりに二人で教室に戻る。


その途中、階段を上っている時だった。


「ああ、なんだか、お前といると安心するよ」


「何それー?あははは!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回『そうして壊れてしまった心 下』

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