〝星〟になりたい。浅井遥斗はそう言った。下

「え?わかなちゃん、弟とお風呂入ってるの?」


「そうだよ」


シャンプーの話から、そこに転がった。

わたしのなかでは当然のことだったので、その質問はびっくりした。


しかし、まだ小学一年生、そこまで周りには奇異に映らなかった。

けれど、その質問は、わたしの中で違和感を残した。


もしかして、普通じゃない?


弟のことはもちろん好きだ。かわいいし、かわいい。

出来ることならなんでもしてあげたい。

最近ではドジをしてほしいとさえ思っている。


もっと甘えてほしいし、最近では、下心なく、単純な興味で、自身の体との違いに関心を抱いている。率直に言って、わーお。


まだまだ溺愛したかったわたしは、そこから二年間は疑問を抱えたまま、今の現状を継続した。


けれど、ある日、あまりの周囲との差異に耐えかねたわたしは、ついに言ったのだ。


いつも後ろをついてくる弟に、

少しでも自分とは違う道を歩んでほしくて、そう言った。


遥斗はるとは将来、どんな人になりたい?」


その時には、答えは返ってこなかった。


離れてほしくなかったわたしは、表面上は怒りながらも、心の底から喜んでいたのだけど。



◇  ◇  ◇



「お姉ちゃん、なに見てるの?」


「うーん?」


小学校四学年の頃だった。


わたしは、いわゆるオタク?というものに・・・・なったのかな?


「綺麗でしょ?」


単純にそれが綺麗だったし、かっこいいと思っただけだ。そもそもその光る棒が、アイドルのライブで観客が振る物だったなんて知らなかったし。


好奇心?興味本位?まあ、そんな感じ。


けれど・・・・・。


「僕もこんな〝星〟になりたい!」


それは、弟に初めて芽生えた自我だった。


いつもわたしの真似事をしていた弟が、鑑賞として楽しむだけでなく、自分から何かをやりたいと言ったのだ。


弟に、始めて目標を与えられたことがうれしかった。


だからわたしには、これがとても特別なものに見えたのだ。


中学生に上っても、高校生になっても、わたしのその趣味は続いた。



◇  ◇  ◇



「どうしたのさ・・・?姉さん」


突然、寝床に潜り込んだわたしに、横になっていた遥斗はるとは背中越しに優しく問いかけた。


お互いに中学に上り、大きくなったわたしたちの体では、小さかった頃に二人で眠っても余裕だったベッドも、狭苦しくなっていた。


「ちょっと・・・話をしよっか・・・」


「話・・・・?」


不吉な予感を憶えたのか、身構える様子が、すがりつく背中から感じられた。


「話をするなら、電気つける?ちゃんと目を見て話そうよ」


「いや・・・、このまま。あと今日だけはここで寝る」


「ここでって・・・」


困惑が混ざり、身を捩る遥斗はると。わたしは振り返りそうになった遥斗はるとを、スウェットごと背中を掴んで止めた。


「こっち見ないで」


「・・・・ひどいじゃないか、姉さん」


「・・・うるさい」


もううるさいくらいに心臓が鳴って、顔が真っ赤になってるのが自分でもわかる。

遥斗はるとは向こうを向いているからわかるはずもないのに、わたしは弟の背中に顔を埋めた。


「水樹ちゃん・・・元気?」


顔の熱を冷ますように、わたしは話を始めた。


「・・・すごいよね、この前まで妹みたいだったのに。あんなにきれいになって、身長も越されちゃった」


最近、練習が激しくなったとかで、全然会えなかったし、姿を見たのは、テレビの中だった。地方テレビの取材だ。


「あんなかわいい子、手放しちゃダメだよ?」


「・・・手放すもなにも、俺は俺だし、水樹みずき水樹みずきだよ。あの時から何も変わらない、ただの幼馴染だよ。だから姉さんも—————————」


「ねえ、遥斗はると


わたしはそこから先の言葉を遮るように、弟の耳元で囁いた。


「これで最後にするから、終わりにするから」


「終わりにするってなんなのさ?・・・わからないよ」


「・・・・・・・・・自分で考えな」


好きだから、壊したくなかった。


好きだから、遥斗はるとには非難されない生活を送ってほしかった。


好きだから、わたしから距離を置いた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回『そうして壊れてしまった心 上』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る