〝星〟になりたい。浅井遥斗はそう言った。上
わたし、
わたしはただ茫然と、テレビに映し出される占いの結果を受け入れたけれど、自分の中ではあまり納得が出来なかった。
これまでの自分の行動を顧みて、そうとは思えなかったのだ。人に尽くすよりも、尽くされる方が好きだ。誰かを楽しませるよりも、自分が楽しいほうが良いし、ぶっちゃけ他人のためとかめんどくさい。
まあ、幼稚園児にして自分のこれまでとか、何を言っているんだって話だけど。
「
「はーい!」
玄関より聞こえる母の声に、ぞんざい返す。
黒い服に身を包んで、親戚の家に向かった。当時は顔を出すだけだと言っていたけど、本当はお葬式だ。まあ、子どもにする話ではなかったのだ。
せっかくの休日、友達とも遊びたかったが、まだ幼かったので、自宅不在での外出は避けたかったのだろう。
「お姉ちゃん、なにしてるの?」
「マ〇オ」
「僕もやりたい」
「わたしが終わってからね」
「いーまーやーりーたーいー」
「待て!」
わたしはゲーム機を強奪されそうになって、足で弟を抑える。弟の肩と顔に、足の指が食い込む。
弟は、いつもわたしのあとをちょろちょろついてくるし、わたしの物をすぐに欲しがる。
わたしのやっていることというよりかは、わたしがやっているから欲しがるといった訳の分からない欲求だ。その証明として、貸せばすぐに飽きる。
そんなだから、わたしは弟のことを疎ましく思っていた。
母親が出てから四半刻は経ったあたりだろうか。チャイムが鳴って、連絡も約束もなしに、同じ園の友達が遊びに誘ってきた。
「わーかなちゃーん。あーそーぼー」
なんて古典的ね呼び方をするんだわたしの友達は。
玄関に出ると三人の女の子がいた。
「ねえねえ、わかなちゃん。遊びに行こ」
「あー・・・・・・、うん!いいよ!」
頭の片隅で母親の言葉が思い浮んだが、バレなければいいだろうと、待ってってとすぐに戻った。
「
「え?お姉ちゃんどこかに行くの?・・・・・・僕も行く!」
「はあ?!ダメに決まってんじゃん。危ないって・・・」
やっていたゲーム機を押しつけて、意識を逸らそうとしたが、いらないと言ってすぐにわたしについてきた。
「ダメ!留守番しなさい!」
「やだ!」
「えー。なになに?わかなちゃんどうしたの?」
玄関までついてきた
近場の公園に行って、ドッチボールしたり、バレーをしたり、鬼ごっこをしたり、暖かな春先の日差しが少年と少女を見守っていた。
「いたっ・・・」
ふいに、躓いて転んでしまった。痛みに顔を顰めて、膝を見るとすりむいていた。
それを見た
「大丈夫?」
「いたた・・・」
「・・・ちょっと待ってって」
ベンチで腰かけたあたりだろうか、
両手には消毒液とオロナイン、絆創膏の箱を持っていた。
どうやら家から取ってきたらしい。
「ぶべッ」
あっ、と思ったわたしと友達は、それを見てしまった。持っていた消毒液やらオロナインやらで両手を塞がれたうちの弟は、地面に手をつくことも出来ずにこけてしまった。
わたしたちはすぐに駆け寄ろうとしたが、
「ちょっとちょっとちょっと!」
すぐに弟を座らせて、傷口を見た。その痛ましさに友達も顔を歪めていた。
「あんたバカでしょ?!」
「う~~。ごめんねお姉ちゃん」
自分の膝に絆創膏をつけて、弟の処置を行った。周りにいた友達も心配そうに見ていた。全く、手のかかる。これだから嫌なのだ。
「
今度は川辺だ。
小川に橋のように点在する岩の上を、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねる。そうして対岸へ。落ちた人が罰ゲームのチキンレース。当時を思えば、なんて小悪的な遊びをしていたんだと思ったが、それも無邪気ゆえである。
ゲームも架橋で、夕方になった頃かな。最後のわたしが対岸へあと一息というところだった。
「ようし・・・ちょっ・・・!
背後から誰かに押されたかと思って振り向いてみれば、なんと驚くことに、そこに
「置いていかないでよ・・・」
「はあ?!置いてくわけないでしょ?!てか動かないで狭い!」
「え?でもこっちも足場はほとんど・・・・あっ」
「あっ・・・・・」
そんな頓狂な声を置き去りにして、弟の体は川に落ちた。それも背中から。
手で空気を掻いて、空を切るとはまさにその様相で、水しぶきを上げて落ちた。
「はーい。わかなちゃん罰ゲーム~」
「えーー!これわたしがなるのー?」
「あははは!当たり前じゃん!でも弟君が落ちる姿はちょっとおもしろかったよ」
あははは、と対岸で笑う友達に、「なにそれ・・・」と呆れはしたが、楽しませることが出来たのならうちの弟も案外悪くないのかもっと思った。
そうして、わたしは足元で水浸しになある弟に手を伸ばした。
「もう、本当あんたは・・・ほら、大丈夫?」
「・・・・・・」
けれど
——————————————————————————————————————
話は変わるが、幼い少年少女にとって、年上が全てである。
血縁であったり、そうでなかったりしても、それは同じである。
安心であったり、憧れであったり、理由は様々ではあるが、必ずといっていいほど、好意的な固定観念を抱くものである。
それは自身のうちの不安を取り除く防衛本能というには、あまりにも純粋で、まっすぐで、白紙の紙のように汚れを知らない。
まあ、何が言いたいかと言うと、この年頃の男の子にとって、頼りがいのある年上の異性というのは、それだけで恋をするに値するのだ。
だけれど
彼が他と違ったのは、第二次成長期を経てなお、捨てられぬほど、本気だったという事だ。
——————————————————————————————————————
「いたっ・・・」
いつまでわたしの顔を見つめるのかと怪訝に思っていたが、
その動作に数刻前の傷跡が思い浮んだ。
見かけは綺麗な小川だが、どんな雑菌があるかわからない。実際、
「ごめん!わたしもう帰る!・・・ほら、帰るよ」
「・・・・うん」
時刻もいいところで、母が帰ってくる前に戻らないといけなかった。
弟をつれて自宅に戻ったわたしは、手を引いて風呂場に向かった。
さすがにどんな
「
「うん!」
・・・・やけに聞き分けがいいな・・・。
そうして弟の服を脱がせたわたしは、それを脱衣場に放り投げた。まあ、風呂場で遊んだって言い訳をすればいいだろう。
そうしていつも母親にしてもらっていることと同じことを弟にする。わたしの中にあった感情は、親と同じことをすることで、大人の仲間入りをした気分に浸る、優越感だった。
大人しすぎる
だがうまくいったのもそこまでで、傷跡に差し掛かった際には、
悲痛に歪む
晩御飯は冷蔵庫いれているからと言っていたから、温めて二人で食べた。
そうして、わたしの至福の時、デザートの時間だ。
以前、父がお土産で買ってきてくれたアップルパイ。
ここ数日の楽しみはこれだ。
わたしが取り出したアップルパイの入った白い箱に
パイをふた切れ取り出したわたしは、レンジで温めてから、オーブントースターにかけて外側をカリッとさせる。
(あっ、焦げた・・・・・まあ、こっちが
わたしは焦げた表面だけをそぎ落として、
「
なんだか悪い気がして、一応は、弟に感想を聞いた。
すると弟は、満面の笑みをこちらに向けてきたのだ。
「うん!お姉ちゃんが作ってくれたから、おいしい!」
「ひっ・・・」
弟の顔に怯えを抱いた。
頭の中が真っ白になって、これが現実だということを、一瞬疑った。
「
この時のわたしは知らなかったけど、うちの弟は生まれつき口内の皮膚が弱かったから、少しでも固い物を食べるとこうなってしまうのだ。
笑いかけた弟の口の中は、血まみれになっていたのだ。
弟は口内の複数個所を切った。
「おいしいよ?お姉ちゃん?」
「おいしいわけないでしょ?!そんなになってるんだから?!」
血の味しかしなくて、ろくに味覚も働いていなかっただろうに、この時の
「え?なんで?わたしが間違えたから・・・・」
訳もわからなくなって、弟がこのまま血を流して死んでしまうんじゃないかって思って、パニックになったわたし。
「ごめんねっ・・
「・・・大丈夫だよ、お姉ちゃん。・・・僕は大丈夫だよ」
この時の惨めさは、一生忘れられない。
姉である私は、弟の胸で泣いていたのだ。
◇ ◇ ◇
その後は、帰ってきた母親に怒られた。
外の行ったのだがバレたのだ。
「
「おいしい!」
そう返す弟に、わたしは安堵を抱く。わたしは自分のおやつを弟に与えた。
「姉ちゃん、ここむずい」
「ん?ここはねー・・・」
ゆずったゲーム機で、攻略に行き詰った弟。
わたしはこの前のこともあって、安心したかったのか、弟を抱き寄せることがしばしばあった。
そんなある日だ。弟は見せたいものがあると言った。
何だと聞くと、ここで待っていての一点張りで、わたしは縁側に座らされ、弟はどこかへ行ってしまった。
その待ち時間さえも、
「お待たせ!」
戻ってきた弟を見た時には、彼の両手にはたくさんの花が握られていた。公園からつんできたのだろう。
「なんで今日?」
「お母さんにもあげたから!」
この時の
わたしが母親にカーネーションを上げた姿を見て、そう思ったのだと。
「僕、いつも姉ちゃんにたくさんのことをしてもらってるから、そのお返し!」
話を詳しく聞くと、「優しい姉ちゃんに何かしてあげたかった」と。
(違うんだよ、
わたしは優しくなんかない。自分勝手で、自分さえ楽しければいいと思っているような人間だ。
これはあなたを思う優しさじゃなくて、自分の中の焦りを無くしたい自己防衛だ。
この行動は建前で、本音は違うんだよ。
「ありがとうっ・・・
それでもわたしはお姉ちゃんだから、弟の望む姉でありたかった
自身の不甲斐なさで泣いたわたしを、嬉しさで泣いていると勘違いした
「僕、姉ちゃんのことが大好きだよ!」
わたしの頬に口づけをした弟は、そんな純粋な感情をわたしにぶつけてくれた。
これは当時の彼にとって、最大の愛情表現だった。
(やだ、わたしの弟、かわいすぎ)
「・・・
「うん!」
撃ち落された私は、風呂場へと弟を連れて行った。
この日から、わたしは弟を溺愛するようになった。
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※
次回『〝星〟になりたい。浅井遥斗はそう言った。下』
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