そうして壊れてしまった心 下


あの一件以来、わたしと長谷川はせがわくんは、よくしゃべるようになった。


長谷川はせがわくんとはたまに話すようになって、

放課後も二人で教室で会う仲に。


日々に鬱憤だったりとか、馬鹿な話だとか、こっちがしたり、向こうがしたり。


なんでも彼はこの高校に、一芸入試で受かったらしい。もちろん柔道で。


わたしはその存在をうっすらと知っているだけだったけど、県内でも有数のスポーツ校だったうちの高校では、推薦とはまた別に、それで選手を獲得しているらしい。


まあ、通常では正しく一芸入試ではあるが、スポーツとなれば、半ば軍隊がするような身体テストに合格しなければならなかった。


それに改めて彼の凄さが伺えた。


まあ、一般入試の若菜わかなからすれば、あずかり知らぬところだったのだ。


若菜わかなは弟のことが本当に大好きなんだな」


「え?・・・あー・・・・・」


意識はしていなかったが、どうやらわたしの内容は、それに固まっていたらしい。

それになんだか複雑な気分になって居住まいが悪くなってきたわたしは、


「この話やめにしない?てか、もう帰ろうよ」


「ああ、悪いな。こんな遅くまで学校残らせちまって・・・」


「いいよ。むしろ柔道部の唯一の休みを、こんなことで消費しちゃっていいの?」


「いいや、俺にとってはここは一番いい」


「・・・よかった。じゃあ帰ろ帰ろ」


そう言って身支度を済ませたわたし、教室の扉を開いて出ようとすると、


「なあ、若菜わかな


あまりにも普段とは違って真剣な声音で話されたものだから、別人が話しているんじゃないかと思った。


「今度の文化祭さ・・・俺のために時間作ってくれないか?」


「いいけど・・・いつ?」


「後夜祭、この教室で・・・いいか?」


文化祭は十月中旬、今は九月上旬だ。一か月以上もさきである。


いくらわたしといえど、それがどういう意味か分かった。


「えっ・・・と・・・。うん、いいよ」


けれどわたしの胸は、ちっとも弾まなかった。



◇  ◇  ◇



(どうしよう・・・)


お昼時にトイレに行ったわたしは、回答をどうするか悩んでいた。


(いや、まだ決まったわけじゃないし・・・)


そう心を落ち着かせて、教室に戻ったわたし。


(あれ?・・・・)


けれど、なんだかおかしかったのだ。

いつも三人、わたしの席の周りに集まっているのだけど。


今見たら、数十人は集まっている。


「えー、なになに?なにして————」


わたしは何事かと、自分の席に向かった。

だけど、次の光景、というかみんなの行動に戦慄した。


その行動は、すごく怖かった。


みんなわたしを見た瞬間、蜘蛛の子を散らすように、一目散に離れていったのだ。


「・・・・・なんなの?・・・・えっ・・・なにこれ?」


不審に思ったわたしは、そのまま自分の机の上を見た。そこにはわたしのスマホがあった。


だけどそれだけだったらまだいいのだ。悪いのは、それが映し出していたものだ。


そこには、わたしの趣味で鑑賞していたヲタ芸動画の履歴があった。

動画の履歴だけではなかった。他にもネットの閲覧履歴が晒されていた。

スマホの横には、わたしの顔写真が載った学生証が、みんなが散る前に、写真を撮ってると思ったけど、もしかしてわたしの顔を・・・?


「ちょっと!・・・誰?!こんなのひどすぎる!」


わたしの激怒に、応える者はいない。みんな、まるでわたしが初めからここに存在しなかったかのように振舞う。


それに歯茎を鳴らしたわたしは、いつも仲の良い三人に問いかけた。


「ねえ、誰?」


「「「・・・・・・」」」


携帯の解除なんて、彼女たちの前でしか行っていない。ならば必然的に、この中の誰かだ。だけれど、わたしの怒りに応える者はいない。


「ねえ、この前まで仲良かったじゃん。普通に話してたじゃん」


「「「・・・・・・」」」


「ねえ、無視しないでよ。ねえ・・・・あっ——————」


そう言って、彼女達も、蜘蛛の子を散らすように、教室の反対側へ、消えていった。


「置いてかないでよ・・・・・」


その日から、わたしの扱いは少し変わった。



◇  ◇  ◇



「それじゃあ、浅井あざい。58ページから読んでくれ~」


「はい」


古文の授業で、わたしは教科書を読み上げる。特になんの変哲もない。普通の授業。


わたしは文を目で追って、つらつらと読み進める。


「・・・・きっしょ」


「・・・・・・・・」


あれ?わたし、どこを読んでて・・・なんて言おうとしたんだっけ?


「ん?どうした?浅井あざい


「・・・いえ、なんでもありません」



◇  ◇  ◇



(あっ・・・最悪、教科書忘れた・・・)


帰り際に、忘れ物に気が付いた。


今までだったら、机の引き出しに入れても、なんら問題はなかったが、現状は持ち帰らなければ、無残な姿で返ってくるのだ。


わたしは小走りに教室に戻る。急がないと、間に合わないかもしれないのだ。


階段を早足に上って、そうしてやっと教室に付いたが、中から話し声が聞こえて来た。話し声から察するに、長谷川はせがわくんと美恵利みえりの彼氏である安藤あんどう康人やすとくんだ。


(ああ、そうか・・・・・幼馴染だったよね。たしか・・・)


以前までだったら、今日の今頃は、安藤あんどうくんじゃなくて、わたしがいたはずだ。まあ、今となっては無理な話だが。


さっさと教科書を取るべきか悩んだわたし、そうやって立ち往生していると、運の悪いことに、会話が始まってしまった。しかも内容はわたし。


「さすがにな、あんな趣味じゃあなあ・・・長谷川はせがわもそう思うだろ?」


(うわ・・・・最悪・・・)


内容は、耳を塞ぎたくなるものだった。ここ数日で嫌と言うほど聞いた内容だ。


(まあでも、長谷川はせがわくんがいるなら、大丈夫か・・・)


なぜだか知らないが、みんな長谷川はせがわくんには気取られないように、嫌がらせをしてくる。女子はおおよそイメージを悪くしたくないためか、男子の方はわからない。けれどないならそれでいい。


そもそも彼はそういうことを言う人じゃないし、これなら入っても大丈夫かな、と思って、教室に踏み出そうとした時だ。


「知らね。興味ねえな」


「・・・・ははっ————————」


わたしはその言葉を聞いた瞬間、教室とは逆方向に走り出した。


期待しちゃって、馬鹿みたいに。なんであんなヤツ信用しちゃったんだろう。


もういいもういいもういい。


そう言うなら、もう誰にも頼らない。


そうして、わたしは孤独となった。



◇  ◇  ◇



クスクスクスクスクスクス。


わたしはお姉ちゃんだから、しっかりしないと。心配かけちゃう。

だから親にも弟にも、学校は楽しいと言った。


大丈夫。


ケラケラケラケラケラケラ。


友達はいないけど大丈夫。

学校はどう?と言われても笑顔で、普通普通と返す。


大丈夫大丈夫。


クスクスクスクス。


上履きが隠されるけど大丈夫。


大丈夫大丈夫大丈夫。


ケラケラケラケラ。


関係ない会話ですら、わたしに対する陰口に聞こえてきたけど大丈夫。


大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。


クスクスクスクス。


たまにっていうか、ほとんど本当に陰口を言われていたけど・・・大丈夫大丈夫。


大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫。


ケラケラケラケラ。


きっと悪いのはいまだけ、これから良くなる。きっとそうだ。

水浸しだけど、大丈夫大丈夫大丈夫。


クスクスクスクス。ケラケラケラケラ。


だから、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。


——————————————————————————————————————————————————————・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・——————————————————————————————————————・・・・・・・・・。



















































大丈夫やめて大丈夫大痛い痛い痛い丈夫大丈夫大丈夫大病む丈夫やめろ大丈夫大丈夫大丈夫大丈苦しい夫大丈夫イね夫大うるさい丈夫大丈夫大丈夫黙れ大丈夫大丈夫うざい大丈夫大丈夫痛大丈夫大丈夫大丈夫大丈消えろ夫大丈夫死ね大丈夫大があああ丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大囀るな丈夫大丈夫大丈夫だだ大丈夫大目障りだ丈夫大丈夫だだちゃ大丈夫大遥斗丈夫大丈夫だだちゃだだちゃdあ助け伸ばすなだだちゃアカdああさsあさあさあ閉じ込めろさあさd大さdfrgれdsっでwrgrgtgtgrふぇfrtじじぇろえろ丈夫大丈夫大丈夫だだちゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ—————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————。



































つまるところ、わたしにはもう居場所は無くて。


弟を異性として好きになるようなわたしには、平凡な生活なんて望めなくて。


そもそも感性が普通ではなかったわたしには、普通の生活など送れなかったのだ。


そうして、涙を流す毎日、わたしは考えることをやめて、引きこもった。



◇  ◇  ◇



そうして、一年は経とうとした頃だ。


遥斗はるとが好きっ・・・遥斗はるとが好き!・・・・大好き!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・————————————————————————————————————————————————ああ・・・でも良かった。


弟の部屋から、よく知った声が響いた。それは正しい感情だった。


————————————————————————怒鳴ったりしてごめんね。


——————————でも、お姉ちゃん。普通じゃないから、疲れちゃった・・・。


——————————————————遥斗はるとは幸せになってね・・・・。


わたしの泣き腫れた目からは、もう涙なんて出ないと思っていたけれど、


まるで今まで栓をしていたかのように、その日は涙が止まることはなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回『もうひとつの物語』

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