第二章 ひび割れた関係、変わった生活

もうひとつ物語

俺、安藤あんどう康人やすとには、二人の幼馴染がいる。


佐々木ささき亜美あみ、地毛の茶髪は、風が吹けばはらりと舞う長髪で、女にしては不愛想にうつる切れ長の瞳は、持ち前の愛嬌でカバーしている女の子だ。昔から歌うことが大好きで、暇があれば歌っていたのをよく覚えている。


長谷川はせがわ海里かいり、俺たち二人とはひとつ抜けて背が高く、幼少より柔道に邁進しているためか一回り肩幅が大きかった。スポーツマンらしい短髪に反比例して、スポーツマンらしからぬ甘い顔を持つ彼は、長い付き合いになるが、女にモテてないときなどなかった。


対する俺は、いつも周囲からは、良くは思われていなかったと思う。


輝くふたりの引っ付き虫、おいしいところを喰らうハゲタカ、ずる賢い狐。

そんなところだろう。


何もなかった。何もなかったのだ。

誇れるモノなど、何一つなかった。


そんな俺でも二人と関わることが出来たのは・・・。

小学校の頃の、ちょっと特殊な関係があったからだ。


康人やすとー。宿題見せてー」


「またか、亜美あみ・・・・」


亜美あみが、俺の部屋に入ってきて、そんなことを言った。しかもギター片手にジャンジャカジャンと、そんな小うるさい女の子の家に、俺は居候させてもらっている。


父親は海外赴任、母親は自宅からの距離を考えて会社近くの賃貸を借りていた。

そんな俺を一人暮らしさせるのも心配だったから、こうして佐々木家にお世話になっている。元々安藤家と佐々木家は、親同士で仲が良かった。


親の世話がなくとも、なに不自由なく暮らしていけたことには、感謝しかない。


そんなある日だ・・・。


大好きな祖母が亡くなった。


せっかくの家族水入らず、顔をあわせたのは、大切な人がなくなったお葬式だった。


普段は笑顔を絶やさない母も、どこか浮かない顔をしていて、父にいたっては目の端に涙をためていた。


俺はというと、ただ現実を受け入れられずに呆然としていた。葬式を終えて、両親に抱きしめられてもなおだ。


そうして両親が、亜美あみの両親に俺を預けて、また元の生活に戻った。


「うっ・・・うぅ・・・・・」


葬式から三日を越えた晩だったかな、俺はベッドで泣いた。現実として浮き彫りになってきた死という事実を、今になってようやく実感できたのだ。


その瞬間、頭の中で懐かしい景色が次々と思い浮んだ。


祖母の家は、赴きだった民家で、木造りの、とてもらしい作りだ。

夏の日、訪れる祖母の家は、夏の日差しに照らされて、天上の黒い瓦が光っていたから、車の中で覗く俺にとっては、その反射がいつも目印だった。

家の柱に掘った、俺の身長。何度も穴をあけた、襖の引き戸。傍から聞けば、じじ臭い、ばば臭いと言われるだろう匂いが、俺は大好きだった。


けれど思い出す香りは、その残り香で、まるで目から零れる涙が、本当の匂いを落としているみたいだった。


康人やすと・・・?・・・大丈夫?」


突然開かれた扉から、亜美あみの声が聞こえて、俺は慌てて毛布を頭からかぶった。涙で濡れた顔を、隠したかったのだ。


「だ、大丈夫だよ。心配いらない」


そう言っていた俺の声は、彼女にはどう聞こえただろうか。

必死に取り繕ったが、普通に聞こえただろうか。


「壁が薄いから、聞こえてたよ」


「・・・・明日になれば、治るよ。・・・きっと」


俺の悲しみは、どうやら隠せていなかったらしい。

男の子だったから、泣くことに気恥ずかしさを憶えていた俺は、必死に問題ないと、彼女から背を向けた。とても見せられる顔ではなかったのだ。


「・・・・・・」


俺のくぐもった声に、唇を噛みしめた亜美あみは、意を決して部屋に入った。

そうして背を向けて寝転ぶ俺の肩に触れて、優しく撫でたのだ。


「La——————————」


それは耳心地の良い子守歌だった。


「LaLaLa————————」


普段はポップな曲調が好きな彼女、だが今、彼女の口元から奏でられているのは、悼むような、祈るような、願いだった。


それは、誰かの声に似ていて、俺は少しして、ようやく思い出すことが出来た。


「LaLaLa——————La———」


昼下がりに、おばあちゃんが謳ってくれた子守歌。

どうして忘れていたんだろう・・・・。


そうして、いっぺんに記憶が溢れて、俺は声も押し殺すことが出来ずに、声をあげて泣いてしまった。


「わたしね・・・歌手になりたいんだ」


俺が泣き止んだ頃に、彼女が言ったのだ。


「今は難しいかもしれないけど、いつか必ず、康人やすとの心を癒せる、そんな歌手になりたい」


「・・・・きっとなれるよ。いや————」


自信なさげに言葉を並べる亜美あみを、俺は肯定するとともに、それは違うな、と自身の言葉を否定して、その代わりに宣言した。


「俺が必ず、亜美あみを歌手にする」


その時の俺の顔は、とてもではないが、恰好はついていなったと思う。

腫れぼったくなった目元、涙の跡の残った頬、そして鼻声。

客観的に見れば、すごくかっこ悪い。


「・・・そういうの・・・なんて言うんだっけ?」


俺の言葉がすごく嬉しかったのか、満面の笑みでそう挑発する。

その顔に、言葉を間違えたと理解した。

ここではもっと〝らしい〟言葉がある。


「今日から俺は、亜美あみのプロデューサーだ」


その日から、俺にその肩書がついた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回『俺の全てはその歌に。』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る