星のサイリウム

示す者と守る者の邂逅。

「ありがとうな。匿ってくれて」


《Bar MIKE》にて遥斗はるとは、この店の看板娘であるみなみ明日華あすかにテーピングを巻いてもらっていた。


「何も言わないんだな・・・」


彼女も病院に行けなど、無粋なことは言わなかった。

先程の電話口でも「わかった」の一言だけ、店に辿り着いた遥斗はるとを見るや、すぐにテーブル席に座らせて、治療を始めた。


「止めても聞かないのがアンタでしょ」


ため息交じりに吐いた言葉と同時に、バンテージが巻き終わった。

だけれど明日華あすかは背後から立ち上がる様子はなく、そのまま上裸でいる遥斗はるとの背中に触れた。


「正直・・・、こんな風になるアンタを見るの、怖いんだけど・・・」


明日華あすか遥斗はるとのこれまでを見て、何もしなかったわけではない。彼女も彼女なりに行動していたのだ。


だが、電話もメールも「当校にいじめなど存在しない」と一蹴。

加えて、悪評にたいそう過敏らしい。

書き込みなど、一時間と経たないうちに消されてしまう周到さだ。


本人に諦めるように言おうにも、このざまだ。


「・・・・・悪いな」


明日華あすかには遥斗はるとのそれが言葉だけの謝罪に思えて、ムカつかずにはいられなかった。


「ほんとだよ。なんでもっとうまくやらないのか、なんでもっとうまく立ち回らないのか、なんでこんなにも鈍いのか、なんで人の言うことを聞かないのか、なんでこうひとりで突っ走るのか、なんで全部ひとりで勝手にきめるのか、なんでもっと頼ってくれないのか、なんで手の届かない場所にいるのか、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで・・・」


「そこはかとなく私情を感じるなぁ!?」


苛立ちを浮かべながら立ち上がった明日華あすかは、そのままカウンターの方角に足を進めた。怒りからか、その足取りは店主の娘にしてはどこか力みが感じられ、薄暗い店内と相まってどこか不気味に感じられた。


触らぬ神に祟りなし、ではあるが、そもそもの原因が遥斗はるとであるので、謝罪とこの重苦しい空気を打開する意味も込めてツッコミを飛ばす。


だけれどそんな気遣いも杞憂に終わった。


遥斗はるとは見たのだ。


ボトルの並べられたガラスケースの前を歩んだ明日華あすか、その姿がケースに反射する。

その表情は、安心したように薄く笑っていたのだ。


彼女はその先の鍵かけから、アイアンマンのストラップがついた鍵を持ち上げた。


「準備、できてるよ」


その手がくいくいと、スタジオへと誘う。

彼女のいたずらで悪魔的な様子に、遥斗はるとも意地汚い笑みを浮かべて答えて見せた。


「ああ、頼む」



そうして、彼は二日後の文化祭に挑んだ。


◇  ◇  ◇



文化祭当日、遥斗はるとの高校は大盛況を見せていた。


「いらっしゃいませー!たこ焼きでーす!」


「2-4組でメイド喫茶やってます!」


「お化け屋敷だぞーーー」


校門では、眩暈がするほどに人が流れていた。


立ち並ぶ店々と、目に映る色彩豊富な垂れ幕に、この日のために印字したクラスのごとのTシャツが、生徒ら独自の個性を露わにする。


校門にかかるアーチには、デカデカと高校の名前の末尾に「祭」の文字が。


校内も、目に映るすべてが学生の感性と創意工夫をふんだんに盛り込んだ努力の証だ。


この景色、生涯で三度、もしくは六度。

機会は数えられるほどに多くとも、それを無為無駄に終わらせるには、あまりにも眩しい。


なぜなら今この時は、人生でたった一度きりなのだ。


歓声、喝采、談笑、はたまた叫び、しかして善なる狂乱。

彼らには目に入るものすべてがキラキラと輝いているのだ。


もしかすれば彼らも、この時間が人生においてまばたきの時間しかないことを、本能的にわかっているのかもしれない。


だからこんなにも、喜び狂うのだ。



だが、そうでない者もいるかもしない。


大人な性格で、または演じたかったから自分を抑えたかもしれない。


恥ずかしがり屋な性格だったからカメラに映ることを恐れて人影に身を隠したかもしれない。


そういった小さな後悔が、数えきれないほどあるのかもしれない。


だけど、それでもいいのだ。



突き詰めれば立っているだけで良い。


なので間違いなどありようはずもないし、どんなに憎たらしくて偏屈な不良生徒でも心配ないので悪しからず☆。



若さというのは、それほどまでに慈悲深く、あまねく人々を照らす温かな陽だまりのようで、こんなにも特別なのだ。




————————————————————————




そんな明るい方とは離れた場所で、ふたりの男子生徒が密かに接触していた。


「もう仕向けて来ないんだな」


校舎裏に呼び出された遥斗はるとは目の前には安藤あんどう康人やすとが佇んでいた。


康人やすとは悪びれる様子もなく、不思議そうに遥斗はるとに問いかけた。


「ここまでやってるんだから、もう意味ないだろ。それとも、あと一押しで壊れるのか?」


「試してみるか?」


「・・・・いや、やめとこう。さすがに直前じゃあな、こっちもそんな暇じゃない」


「なら雑談ってわけじゃないだろ?」


暇じゃないのはこちらも同じなので、早々に本題に入らせる遥斗はると

その催促を受けてか、顔に少しの不機嫌さを滲ませた康人やすとは、半ば命令のように相手に下した。


「ステージイベントを辞退しろ。もちろんタダってわけじゃない。文化祭が終われば、お前の姉貴の誤解を解こう」


それは遥斗はるとにとって、悪くない提案だった。


「使えるものはすべて使う。なにひとつ惜しまない。全面的に協力する。だからそれまでは静かにしていろ」


それは悪性の根絶に他ならなかったのだ。


彼に同意すれば、安全に、確実に、若菜わかなを取り巻く問題を解決できる。

彼の支配力の前では、それは赤子の手をひねるように簡単なことだろう。


「・・・・帰るとさ、いつも扉の先に姉さんがいるんだ」


だけれど遥斗はるとはそれに同意しなかった。


「すごく静かだけど生活音が聞こえてくる。呼吸さえもだ」


なぜなら、その方法では彼の目的は達し得ないのだ。


それに・・・・。


「今までは、ただ部屋から出てこれないだけだと思ってた・・・。だけど違ったんだ・・・。姉さんは泣いていたんだ」


そんな時間のかかる手を彼がとるはずがなかった。


「もしも姉さんが、今も自分に耐えきれずに苦しんでいるのなら」


好きなモノを嫌いになったのなら。


「もしも、今も泣いているのなら」


自分を嫌いになって、それを責めているのなら。


「俺はそんなの一日だって耐えられない」


すぐに解放してあげたい。


「一秒も我慢できない」


見過ごせるはずがない。




遥斗はるとの返答を受けた康人やすとは、表情ひとつ変えることはなかった。ただ無感情に、相手を見つめるのみだ。その顔色は、不気味とさえ思えた。


「そうか・・・、この手だけは使いたくなかったが、残念だ」


そうして康人やすと遥斗はるとに歩み寄ろうとした時だった。


康人やすと!こんなところにいた!もうすぐリハーサルなんだから、いなくならないでよ!」


校舎の向こうから、学園の象徴であり歌姫である佐々木ささき亜美あみが現れた。彼女は康人やすとの腕を掴んで反対方向へと引く。


「あれ?話してたの?・・・・って遥斗はるとくんじゃん!食堂ぶり、じゃなくて学内祭ぶり?」


亜美あみ康人やすとの対面にいた遥斗はるとに気が付くと、そんな風に小首を傾げた。


「学内祭、凄かったよ!遥斗はるとくんも出るんだよね?」


彼女は目を輝かせて遥斗はるとに歩み寄ると、右手を伸ばして握手をしてきた。


「お互い、全力で頑張ろう!言っておくけど、絶対に負けないから!」


あまりの猪突猛進ぶりに、おもわず毒気を抜かれた遥斗はるとは、その手を握り返した。


だが、それも一瞬で、すぐにその表情は心配に置き換わる。


若菜わかなのこと、大丈夫?海里かいり若菜わかながいなくなってから元気ないし・・・わたし心配だよ」


どうやら彼女の中では、それが気がかりだったらしい。

その状態を憂いた彼女のプロデューサーである康人やすとは、背後から注意を飛ばす。


「亜美、本番前だ。集中しておけよ」


「でも、やっぱり心配だよ」


「そうだけど、それは遥斗はるとくんの家庭の問題だ。僕達が首を突っ込んでいい事じゃない」


振り返り、眉を下げる亜美あみであるが、大事なステージが控える今、諌める他ない。

亜美あみがどうしたものかと、辺りを見回していると遥斗はるとは、


「その通りですよ、佐々木ささき先輩。これはウチの問題です。俺よしては早くその原因を確かめたいところなんですが・・・、安藤あんどう先輩、何か知りませんか?」


目線を飛ばすが、康人やすとは肩をすくめた。


「さあ?浅井あざいさんとはそこまで交流がなかったからね。いったい何があったのか、僕にはわからない・・・っと、亜美あみ。時間が無い。もうステージに向かおう。」


手元の時計を確認した康人やすとは、傍らでオロオロとする亜美あみの手を引いて「それじゃあ遥斗はるとくん、お互い頑張ろう」と、消えていった。


ふたりの最初で最後の邂逅は、そうして幕を閉じた。





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次回「母は閃光、わたしは茜。」

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