少女の心は、夜闇に紛れて

鬱蒼うっそうとした住宅街、どんよりとした夜の景色にいろどりを与えるように、見える家々には明かりを灯りだしていた。


そんな街灯が照らすひんやりとした九月下旬の道を、神崎かんざき水樹みずきは、手提てさげ袋を片手に歩いていた。


「もう、買い忘れないでよ・・・・」


せっかくの休日、いつも練習ばかりで拘束時間の多い水樹みずきにとっては、とても貴重な時間なのだ。


だが、リビングで放心していたのが悪かった。せめて自室で放心していれば、母親に捕まることはなかったのに・・・。

先週のこともあり、水樹みずきはここ数日、浮かない状態だった。


とぼとぼ、と普段の彼女からは考えられないほど、重く不安定な足取りだ。

無意識にもため息が零れる、ここ数日は、いつも遥斗はるとの家にいったことばかり考えてしまう。


「忘れないと・・・・」


水樹みずきはこれまでの全てを塗りつぶすように、そう言った。


家々の隙間からのぞき見える夜空は、水樹みずきを押しつぶすように壮大で、このまま自分がぺしゃんこになってしまうのではと思った。

そんな重さを跳ね返すように、一呼吸おいて小走りに駆けだした水樹みずきは、数分としないうちに自宅についた。


水樹みずきッ!」


こじんまりとした鉄の門を開こうとした時だった。

右隣、それほどまでに近い距離で、追いすがるように迫真に叫ばれたわたしの名前。

そこには幼馴染である浅井あざい遥斗はるとがいた。


水樹みずき、俺・・・・お前に言いたいことがあるんだ」


彼の装いは、驚くほど周囲と溶け込んでいて、気づけないのも頷けた。趣味の悪そうな、全身を黒の衣服で包み、同色である夜と、等しく溶け合っていたのだ。


そんな遥斗はるとが、妙に怖いものに思えた水樹みずきは、そうそうに切り上げるために、手提げ袋を持ち上げて、先送りにしようとした。


遥斗はると、ごめんけど、また今度にしてくれない?・・・ほら」


忘れると決めたんだ。もう関わらないと決めたのだ。

いつまでも、もう追い続けないと決めたのだ。

けれど・・・・。


キィと軋む門を開いた時に、その右手を遥斗はるとが掴んで止めた。


「お願いだ。今、聞いてくれ。そんなに時間は取らせないから・・・」


その行動に、わたしは少し顔を歪めた。


「・・・別にいいじゃん。隣同士なんだし、明日でも・・・」


こう言ってはいるが、もう会うつもりはない。


「時間ならいつでもあるよ」


そんなものはもうない。


手を振り払おうとした水樹みすきは、けれど遥斗はるとが止めた。


「今じゃないといけないんだ。・・・・・今、この前の話の続きを・・・言ってないことがあるんだ」


「・・・・・やめてよ」


冗談じゃないと思った。


この幼馴染は、分かり切ったことを更に言葉にして叩きつけようと言うのだ。

嫌がらせにも程がある。わたしは自宅の手前、怒りを鎮めて冷静に返した。


「自分勝手にするのもいい加減にしてよ。この前のことだって・・・・・ねえ遥斗はると、わたしたち終わりにしようよ。全部なかったことにして、もう他人になろう。わたしはもうそれでいいから」


いつか好きになって貰おうと、振り向かせようと頑張ったけど、もう無理だよ。

遥斗はるとの心にはいつも若菜わかないて、それは変えられないほど強く突き刺さっている。

それを痛いほど痛感して、わたしは失恋したのだ。


それを今更、再認識させるなど、悪趣味がすぎる。


「まだ言葉にしてない。それに・・・俺はまだ終わりにしたくない」


ふざけるな、そう思った。優柔不断なのも大概にしろ。

一度痛い目をみたわたしを、もう一度攻撃するなど、お前はそんなにもわたしのことが嫌いだったのか。


「だから聞いてくれ、俺は・・・」


こっちがどんな気持ちで終わりにしたと思ってるんだ・・・。


「俺は姉さんが好きだ!だからッ—————」


「嫌ッ!」


言ってほしくない。聞きたくない。


どうせ終わるならと、自分の手で終わりにしたのだ。


好きな人から終わりされるのは、すごくすごく痛い事なのだ。


そうして水樹みずきは逃げ出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「少年は、隠れた心を探して、そして・・・」

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