少年は、隠れた心を探して、そして・・・。

静まり返る住宅街、漏れる光が空気を薄く撫でて、雲一つない夜空には星々がちりばめられていた。

夜の中に混じったほのかな夕食の香りを味わうことなく乱暴に吸った遥斗はるとは、殴りつけるように吐き出した。


荒くなった呼吸を整えて、左右を見渡す。

しかし、そこには探し人の姿はなかった。


「クソッ・・・」


憎々し気にいら立ちを捨てた遥斗はるとは、膝から手を離して走り出した。


水樹みずき・・・もしかして君は・・・)


遥斗はるとは数分前の幼馴染の顔を思い出す。


これまで幾度も見て来た顔だ。


その時は決まって姉の話であり、自分の思いを伝えようとした時だった。


(違うよ、水樹みずき。俺たちはきっと遠回りをしているだけなんだ・・・)


水樹みずきは何かを恐れて逃げ出した。それは何なのか遥斗はると自身が一番に良く分かっている。


これまで何度も見て来た顔だったのに、どうしてわかってあげられなかったのだろう・・・・。


そんなのには決まっている、俺も怖かったのだ。


だけど・・・・・。


「向き合わないといけないから・・・」


そうすることで、やっとスタートラインに立てる。



◇  ◇  ◇



いったい、どこまで逃げたのだろう・・・。


もうどのくらい走ったのかもわからないや。


じんわりと熱の灯った体を労わるように、河川敷に腰を下ろした水樹みずき


そのままへたりこんでしまった彼女は、膝を抱えて、独りごちる。


「疲れた・・・」


こんなに未来が怖くなるなんて思わなかった。


だってもっと輝かしいモノが来るものだと思っていたのに。


だけど輝いているのは、夜でも明るい都内と、それに照らされる川面だけで、わたしの心はちっとも明るくない。


空に差し掛かる高架線から聞こえる車音、遠ざかるその音は、やはりどこか現実味がない。


偽物の音と景色、みんな嘘つきだ。


「好きって言ってくれたじゃんっ・・・」


未来は怖くて、過去が暖かくて、でもそれは幻で、怯えるのが常で、望んだ奇跡など起こるはずがなかったのに、いつまでも信じた。


抱えた太腿に温かな雫が落ちる。


まだ熱が残っているのは何なのか気になって見はしたが、やはりそれは自身の惨めさの証で、冷たくなった。


「嫌い、嫌い、嫌い」


好き、好き、好き。


「嫌いなんだ」


好きなんだ。


「・・・・・嫌いなんだってば」


好きで仕方がないのだ。


くすぶる想いはあかねが如く、いつまでも夜が訪れず、その熱は残っている。


こんなに変わらない想いを、もっと彼に見せていたら変わっていたのだろうか・・・。


この想いがもしも、手提げ袋に入ったものと同じように、ぬるくつまらないものになるのなら、それが良かった。


こんな想いをするくらいなら・・・。


水樹みずきッ!」



◇  ◇  ◇



水樹みずきッ!」


やっと水樹みずきを見つけることができた遥斗はるとは、彼女の肩に手をかけて捕まえた。


水樹みずき、もう逃げるのはなしだ」


水樹みずきは肩にかかる遥斗はるとの手を掴んで、脚に力を込めたが、彼の言葉で制止された。


諦めるように手のひらから力を抜いた彼女は、


「逃げてない。あと離して、もうほんとに疲れる」


「・・・・・わかった。・・・でもそのままでいいから聞いてくれ。君にまだ言ってないことがあるんだ」


逃げ疲れた水樹みずきはそのまま膝に額を押しつけて、ただ沈黙するだけだった。


この時には、もう全てを受け入れていたのだ。自身がはっきりと捨てられることを。


「俺は姉さんが好きだ・・・それで」


でもきっと痛いのは一瞬だけだからと、ただ蹲っていればすべてが終わると。


でも、分かってるのに、聞きたくなかったな・・・。


だけれど、彼女が聞いたのは、予想とは違ったのだ。


「それで君が好きだ、水樹みずき


その話に視線だけを遥斗はるとに向けた水樹みずき、彼女には驚く気力すらなくなっていたのだ。


「でもまだだから・・・姉さんへの気持ちを終わらせて、君だけを見たいから」


意味がわからなかった、その不誠実さが。


「最低だよ、遥斗はると。自分が言ってることわかってる?」


呆れにも似た感情で問いかけた水樹みずき


「自分でもわかってる。これがいけないことだって、・・・でもここで嘘をついてしまったら、俺の中にはいつまでも姉さんが残り続けてしまうから」


遥斗はるとは自分が間違えていることをわかっている。だけど誤魔化すことだけはしたくないのだ。


「ちゃんと君が好きだって、言えるようにしたいから」


「わたしはどうすればいいの・・・」


遥斗はるとも何が正しいのかわからなかったし、水樹みずきもどうしたら良いのかわからなかった。


普通の女の子なら、その発言に幻滅して、この恋は終わりを迎えるはずだ。


だけど、どうして・・・。


「俺を信じてくれ」


どうしてわたしの中にはまだ彼がいるのだろう・・・。


「決着をつけて、必ず君のところに帰ってくるから、そしたら君に、全部あげる」


全部くれる、その発言でどうしてか気が付いた。


ああ、そうか・・・。


わたしもどこかおかしいんだ。


「絶対に後悔させないから、絶対に間違ってたなんて言わせないように頑張るから」


だから消えないんだ。


「絶対に幸せにするから」


だからその言葉にこんなにも惹かれるんだ。

わたしは、わたしが思っている以上に、染まっていたのだ。


「・・・・・じゃあさ、前みたいに褒めてよ」


疲れた体を彼に預けて、頬を胸にこすりつけた。その行動と言葉で、彼は何を求めているのかわかった。


「ごめん、水樹みずき。今まで君が頑張っていたのに、気づいてあげられなくてごめん。ずっと・・・ずっと苦しめてた、ずっと不安にさせていた。ごめん」


撫でられる頭と胸の中の暖かさで、記憶が濁流となってよみがえる。


ずっとこれがほしかったのだ。


そこからは、泣いていたこと以外は、よく覚えていない。


これまでの恐怖だったり、不安だったり、これまで抱いてきたこの熱い気持だったり、行動にもして彼にぶつけて、そうして何もなくなったら、ただ身を任せた。





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〝少年は、隠れた心を探して、そして見つけた〟


〝そうして全ては始まりとなり、今よりは終わりに向かう〟


〝ここからは、———想いの強さの勝負である〟




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