稲妻のこそが、俺の人生。

俺、吾妻あずまさとしは生粋の脇役だ。


さとし、パス!」


「ああ、任せた!そのまま決めろ!」


小学生だった俺はサッカーボールを蹴りあげて、チームのエースに勝ち点をゆだねた。


そいつは俺の回したボールを受け取ると、激しく相手チームのネットを揺らす。

俺たちのチームは勝ったのだ。


「・・・・・・・」


俺は、目前で胴上げされるチームエースを、虚しく眺めるだけだった。



◇  ◇  ◇



俺、吾妻あずまさとしは生粋の脇役だ。


さとし、任せろ!」


「頼んだぞ!」


中学生だった俺はバスケットボールを放り、チームのエースに勝ち点をゆだねた。


そいつは俺の回したボールを受け取ると、激しく相手チームのリングを揺らす。

俺たちのチームは勝ったのだ。


「・・・・・・・」


俺は、目前で称賛されるチームエースを、虚しく眺めるだけだった。



◇  ◇  ◇



「おいさとし、バンド組もうぜ」


「は?」


俺の前で、そんなサザ○さんに出てくる中島なかじまくんのような誘い方をするのは、これまでエースとしてもてはやされてきた中川なかがわ雷雅らいがだ。


「お前、ボーカル。俺、ギターな」


「は?」


流れるように運動部をやめた俺たちは、なぜだかバンドを組むことになった。



◇  ◇  ◇



昼夜を問わず楽器の練習に明け暮れた俺たち。

そんなある日、俺は雷雅らいがに問いかけた。


「なあ、雷雅らいが。お前はなんで俺をバンドに誘ったんだ?」


それは雷雅らいがに、連れまわされている時だった。


「いいから、ついてこいって!着けば理由がわかるはずだから」


二人乗りをしている俺たち。

楽し気に自転車を漕ぐ雷雅らいがの後ろで、俺はどこのむかっているのかとあたりを見まわした。


「おし!見えて来たぞ!」


「・・・・ドーム?」


視界を埋め尽くす木々を抜けて、雷雅らいがの背中の向こうをみると、亀の甲羅のようなドームがあった。


駐輪場に自転車を止めた俺たちは、そのまま会場の入り口に向かう。


垂れ幕を見るに、どうやら本日はどこかのバンドがここでライブをするらしい。

それは雷雅らいがが心酔しているグループだ。


彼は会場の入り口につくと、係の人にのチケットを渡した。


「ってお前!俺の分まで買ったのか?!」


「にしし!頑張って小遣い貯めたぜ!」


「・・・・言ってくれれば自分で買ったのに」


そんな居たたまれない気持ちになった俺を、雷雅らいがは「早く行こうぜ」と中へと促す。渡されたチリ紙を見ると、ライブはもう始まっているのだ。


「ここだ、さとし。扉を開けてくれ」


「は?自分で開けろよ。めんどくさい」


なぜだか会場の扉の前で止まった雷雅らいが。中からは微かに音楽が聞こえる。


だけれど雷雅らいがは腕を組んで仁王立ち、完全に聞き入れない態勢に入ると、


「お前が開けることに意味があるんだ」


「なんだそれっ・・・」


訳の分からない俺は、そのまま会場の重い扉に手をかけて、力強く押した。


開け放たれた扉、暗い会場に潜り込むふたりの少年。


そうして、吾妻あずまさとしは、衝撃を目のあたりにする。


それは、鷲掴みにされたような振動だった。



◇  ◇  ◇




「どうだった?」


「凄いな!感動したぞ!特にボーカルが凄い!」


語彙力のなくなった俺。

ライブが終わっても、俺の興奮は収まらなかった。


吾妻あずまさとしは、それを一目見た瞬間に心を鷲掴みにされたのだ。


会場の歓声は鈍器のように脳天を貫き、照らし出される極彩色の照明たちが目が回るように飛び交っていた。中でも一番に目立っていたのはステージに立つボーカルだった。


さとしの聴覚には、未だに彼の声が耳鳴りとして残っていた。


そんな大喜びな俺は、中川なかがわ雷雅らいがは優し気に見ると、


「それだよ、それ。俺はお前にそれを見たんだ」


雷雅らいがは自身の耳と、俺の口を指さした。


「なんでかお前の声だけはすごく耳に残るんだよ。どこにいるのかすぐにわかっちまった。おかげで俺は今までたくさんのゴールを決めれた。俺はその恩返しがしたかったんだ」


その指が、今度は俺の胸に当たる。


「だからバンドに誘った。お前の声は間違いなく、人に届く声だ」


強い宣言が、俺の胸に落ちる。それは確かな鼓動となった。まるで止まっていた心臓が動き出したかのようだった。


そんな唖然とする俺を置いてけぼりに、顎に手を当てた雷雅らいがは不思議そうに唇とたてる。


「でもなんで、みんなはお前がこんなにすごいんだって気付かないんだろうな?お前の声は、こんなにもよく響くのに」


「・・・・・うっ・・・うぅ」


「おい!なんで泣くんだよ!」


誰もさとしに見向きもしない理由を探る雷雅らいがだったが、目の前で俺が急に泣き出したため、血相を変えてすぐに駆け寄った。


そんな雷雅らいがに、俺はずっと謝り続けた。


俺は、俺はなんてことを・・・。


お前はこんなにも俺のことを気にかけてくれていたのに、


「ごめんっ・・ごめんっ、雷雅らいが。お前はそんな風に思ってくれてたのに、俺は・・・・俺はっ・・・」


俺はお前のことを、心底邪魔だと思っていた。


「ごめんっ・・雷雅らいが、ごめんっ。・・・・・俺、頑張るからっ」


わかったよ、雷雅らいが・・・。

信じるよ、お前が信じてくれた俺を。


それで証明する、お前が信じた俺の声は、凄いんだって。



◇  ◇  ◇



高校生になった俺たちは、軽音部に入った。


「じゃじゃーん!これが我が部のトレードマークでーす!」


雷雅らいがは軽音部のマークができていないことをいいことに、それを創った。


彼の手書きで作られたそれは、かみなりのマークだった。


「ん-?いんじゃない?」


「さんせー」


入ったばかりの一年が、部の象徴たるトレードマークを決めることに異議を唱える誇り高い先輩はここにはおらず、彼らはそれを一目見ると、すぐに手元の楽器へと視線を落とした。


「なんで雷?ダサくね?」


「ダサいだと?!失敬な!これは俺たちを現したマークだぞ!」


俺は部員がいなくなった後の部室で雷雅らいがにそう言うと、彼は俺の鼻先へと雷のマークを押しつける。


「まずは俺の名前!雷が入っているからな!それにこのマークはお前にも関係がある!」


「は?どこが?」


「お前の名前だ。さとし


聞けば相当に遠い縁ではあるが、関係があるらしい。まわりくどい。

雷雅らいがには申し訳ないが、どう良く見ようにも、やはりこれはないだろう・・・。という結論になってしまう。


そんな俺を見かねてか、雷雅らいがはまだ説得を続ける。


「いいか、これは俺たちの人生そのものだ!」


「・・・・ああ、なるほど」


その言葉で、俺は得心がいった。確かに、これは俺たち、正確には俺の人生だ。


おもしろいことを思い付いた俺は、雷雅らいがが書いたマークを指でなぞりながら言う。


「ここでサッカーやめて・・・」


上から一度目の屈折角、走らせたペンをそこで曲げる。


「ここでバスケットやめて・・・」


そうして行き詰った二度目の屈折角、そこでまたペンを曲げる。


「うん、ひん曲がった人生。ぐちゃぐちゃだ」


「そんなひねくれた決め方はしていないーーーッ!」


「あはは・・・・」


そんな穏やかな月日が、ゆっくりと流れて。


俺はあまりの居心地のよさに、声を上げて笑った。




だけれど俺たちの居場所は、すぐに奪われることになった



◇  ◇  ◇



「文化祭が終わったら、廃部・・・ですか?」


「ああ、そうだ。だが、悪い話ばかりじゃない」


部室に顔出した顧問が、励ますように矢継ぎ早に続ける。


「部はなくなってしまうが、お前たちはこれから佐々木ささきのバックバンドになってもらう」


顧問の報告に、俺たちは動揺せずにはいられなかった。

なぜならそれはまたとないチャンスなのだ。


傍から見れば、佐々木ささき亜美あみにおんぶにだっこではあるが、この機会をものにすれば、もっと大きな舞台に立てるかもしれない。


だが、そんな夢のある話に、雷雅らいがは食いつかなかった。

彼は不安そうにさとしを見る。


「ちょっと待ってくれ!佐々木のバックバンドってことは・・・・、さとしは・・・」


部室にいた全ての人間の視線が、顧問へと集まる。

それは大人である彼にとっても、承知するところであったのか、どんどん顔色が悪くなっていった。


「ボーカルはふたりもいらないからな、吾妻あずまくんには悪いが・・・」


「なんとかしてくれよ先生っ!さとしは・・・・さとしは俺たちに必要なんだッ!」


さとしの離脱に申し立てたのは、雷雅らいがだけではない。

雷雅らいがの隣から、ベースの二年生部員も、それを拒絶した。


「・・・・さすがに新しい人ができたからって、はい、さよならっていうのは可哀想だからねぇー。なんとかなんないっすか?」


部屋にいた部員たちは、そう顧問に抗議するが、それが受け入れられることはなかった。


「お前たちの気持ちもわかるけどよ。上の決定だから、もうどうしようもねえんだよ!」


そこから論争は激化したが、吾妻あずまさとしの除外が覆ることはなかった。


ヒートアップした話し合いは、もはや掴み合いにまで発展していった時だ。

ここまで沈黙を貫いていたさとしが、


「先生、廃部は免れないんですか?」


雷雅らいがに胸倉を掴まれ、生徒にもみくちゃにされていた顧問は、しばし考えこむと口を開く。


「ああ、理事長がそう決めた」


「それは結果が伴ってもですか?」


「それは・・・」


「今度の文化祭で佐々木ささき先輩にアンケートで勝つというのはどうでしょう?」


さとしの言葉を受けて、言い淀んでいた顧問は有り得ないと言う風に、目を見開いた。その驚愕は、顧問だけでなく部員たちも同じだ。文化祭まで時間があるとはいえ、それでどうにかなる実力差だとは思えなかったのだ。


沈黙が包んだ部室で、正気に戻った顧問は、たった一言だけを告げた。


「できるのか?」


その虚偽に、さとしは堂々と答えて見せた。


「やってみせます。・・・それで、出来るんですか?出来ないんですか?」


「・・・・おそらく、可能だ。そこまでの結果を出されたら、さすがの理事長も手放しはしない」


「では、そういうことで。僕たちは練習に移ります。ありがとうございました」


「ああ、頑張れ。期待している」


そう言い残すと、もう話すことはないと、大人は消えていった。


顧問が去った後の部室で、まだ動揺の残った雷雅らいがは、


「さ、さとし。本当にやるのか?」


「ああ、やらないとこのまま弾かれちまうからなぁー」


困った困ったと、部室の奥に進んださとしはマイクを取り出した。

そうしてマイクを持った彼は、そのまま迷いの見られる雷雅らいがの前まで来ると、手に持ったマイクをゴツンと雷雅らいがの頭にぶつける。


「信じろよ、お前が信じた俺の声を」


突然の頭部の痛みに、文句のひとつでも言ってやろうとした雷雅らいがであったが、そんなことを言われてしまえば、黙らずを得なかった。


さとしはそれを同意であると受け取ると、さらに後方で佇むふたりの先輩部員に確認をとった。


「ていうか、先輩たちは良いんすか?こんなのチャンスじゃないですか?」


佐々木ささき亜美あみという豪華クルーザーがせっかく迎えに来てくれたのに、なんと我が部のベースとドラムは、そんな船には乗りたくなかったらしい。


マイクを持ったさとしを見るや、すぐに楽器の前に移動を始めた。


「後輩を見捨てるなんて先輩が廃るってもんでしょー」


そう言いながら、スティックをくるくると回しながら、ドラムの前に腰かける先輩。


「俺たちには去年負けちゃった恨みもあるからねー。何より負けっぱなしってのも気分が良くないし。やろやろー」


ベースの紐を肩に掛けながら、調節する先輩。


一年にも満たない時間ではあったが、彼らの中でも吾妻あずまさとしはかけがえのない存在となっていたのだ。



◇  ◇  ◇



『続いては軽音部です!学内祭では惜しくもアンケート二位でした。ここで逆転することは出来るのでしょうか!期待が集まっています!』


学園祭を迎えた軽音部は、目に見えて成長した。

佐々木ささき亜美あみの喉元に、あと一手のところまで来ていたのだ。


それも当然で、彼らはここまで音楽だけに注力してきた。


キレた指、枯れた喉、釣った足、楽器を持ちすぎて痛めた筋肉。


もう楽器は体の一部であると豪語できるほど、片時も手放さなかった。


その努力の成果か、会場も熱気に包まれる。その熱狂は、吾妻あずまさとしが始めて見たライブに差し迫るものだった。


完璧な音程、完璧な演奏、そして観客の心を射止めるさとしの叫び。

全てが文化祭というシステムに、ばっちりとはまっていた。


曲が進み、間奏に入る。


そのタイミングで、雷雅らいがステージに前方に躍り出た。


(アレンジッ?!)


特出したエレキギターに、視線が集まる。

だがそれは軽音部の仲間も同じだ。


視線を一身に受けた雷雅らいがは、チラリと背後を振り返り、さとしを見た。


それだけで、さとしは相棒が何を意図しているのか理解できた。


さとし、お前の凄いところを見せてやれ!俺が惚れこんだお前の声を!)


これはただ目立つために出たのではない。観客の意識を、自分に向けて、最後の盛り上がりでさとしの歌声のインパクトを与えるためのものだ。


そこで、ため込まれたボルテージが弾けた。臨界点まで跳ね上がった熱は、更にその向こう側まで行った。



ボーカルとギター、二対につい稲妻いなづまは、会場を駆け抜けた。


(「「俺たちの魂を見ろ!」」)


その日、ボーカルとギターは限界を超え、


(やるな、一年。俺たちも負けてられないな)


(ああ、その通りだ。行くぜ行くぜッ!)


そのふたつの若き光に続くように、くすんだ光が追いかける。


(「「刻むぜ俺たちのビート!」」)


ベースとドラムは全盛期を迎えた。


会場を包む激動は万雷の喝采が如く、少年らの稲妻は観客の胸の奥深くに残った。



その拍手の後方、会場の壁に背を預けた軽音部の顧問は、口元に手をやった。


「なんだよ、やればできるじゃねえか。おめえら」


軽音部の顧問は、涙を流しながらそう言った。



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次回「全てを踏み越える魔王。」

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