打つ雨は止み、覆われた雲が晴れる。

倒れた遥斗はるとは母親の肩を借りて自室のベッドに辿り着いた。

眉間の傷も、額から垂れた出血量に反してそこまで大きくなく、かすり傷程度のものだった。今では応急処置をして、止血している状態だ。

だが、体の方はそういうわけにはいかない。

傍から見ても、これは普通の状態ではないのだ。


「明日、病院行くからね」


「・・・・・・・」


母親の言葉も、今の遥斗はるとにとっては雑音のように遠い。

流れる音は、今の少年の心には届かなかった。


ぱたりと扉が閉まった。そのことに体の奥底からたまらなく安堵が溢れる。


誰もいない。それのなんと幸福なことか。


あるのは自身の呼吸音だけ、他には何もない。そうすれば自然と体の痛みも離れていった。これで体を打つ痛みはなくなった。


部屋も暗くなり、月の光が微かに照らすだけだ。


〝もう、頑張らなくていいんだ。〟


〝俺はこのままこの部屋を見ていればいい。〟


そんな甘い音が、脳裏に流れる。


一見するとそれは毒だけど、今では俺を楽園へと誘う劇薬だった。


もう考えることもなくなった。


もう何も考えなくていいなんて、なんて清々しいんだ。


なんだか心の中の雲が晴れたみたいだ。


〝怖い。行きたくない。〟

〝このままここでじっとしていたい。〟


もう、そんな心の疲れる不安を抱えなくていいのだ。




そもそも、あの光る棒を振っていた時から思っていたのだ。


こんなことをやって、意味があるのだろうか・・・、と。


これまで積み上げたモノが、何も通用しなかった。何も届かなかったのだ。


何にもならないのなら、もう意味がないじゃないか。



◇  ◇  ◇



「もうやだ・・・・やだぁ・・・」


自室にて、浅井あざい若菜わかなは自分の浅慮せんりょさに嫌悪感を示していた。


なぜ?どうして?わたしが何を間違えたの?


わたしがいなくなれば弟は幸せになれるんじゃなかったの?


だが、現実はどうだ。弟は無残な姿になっていた。


あんなに大好きな弟を手放したのに。

傷つくのがわたしだけなら、それで良いと思っていたのに。


(ああ、そうか・・・。)


浅井あざい若菜わかなはそこで気が付いた。


わたしたちは初めから間違えているのだから、普通の生活すら望めないのだ。


だからこれは当然の結末なのだ。


そうして、浅井あざい若菜わかなは惨めさに涙した。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「雲が晴れれば〝星〟が見える。」

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