変える、変わる、変えられる。

トカトントン、設営の音が、学校に響く。


校門から校舎へと向かう大通りを挟むように、両脇では屋台が設営され始めていた。

それも全て来週に行われる学園祭に向けてのものだ。


工具の音が互いに共鳴し、来たる日に向けて、その胸を弾ませているようだった。


学内祭、生徒の楽しむ時間のために用意されたこの時間は、午前中は各々のクラスの作業に当てられる。

そうして数日前から取り掛かり出来上がったものを、全生徒に披露するのだ。


「ご主人様って呼んでくれよ、水樹みずき


「はっ倒すぞ、おまえ」


そんな午後の時間が始まりだした頃、遥斗はると水樹みずきのクラスを訪れていた。


「えー。似合ってるのに・・・」


「うるさい」


水樹みずきは垂れる振袖をばたつかせて遥斗はるとを叩き、フリルのスカートから伸びる足で彼の膝に蹴りを入れた。


水樹みずきのクラスは和服メイド喫茶をやるようだ。


「なんでわたしだけなの~~~////」


顔を真っ赤にして覆い隠す彼女は、自身の存在を隠すようにその場でしゃがみこんだ。その照れを見たクラスメイトは笑いながら、


「ははは、ごめんごめん。でも水樹みずきスタイルいいし、モデルにはちょうど良かったんだ」


「みんなも着るって言ったのに・・・」


「そうでも言わないと水樹みずき、絶対着ないじゃん」


羞恥心でどうにかなってしまいそうだった水樹みずき

興味本位でクラスの前に通りかかって覗き見はしたが、思わぬ目の保養に満足した遥斗はるとは、そのまま自身の教室に戻って作業を行った。



◇  ◇  ◇



学内祭は大きな盛り上がりを見せた。

お化け屋敷に、占い屋。喫茶店に、小型のジョットコースターなどのアトラクションも組み上げられ、学園祭の予行演習としても、十分な完成度だった。


生徒でごった返す廊下を縫いように、遥斗はるとは体育館へと向かう。


渡り廊下の段差を飛び越えると、持った箱の中で小道具がじゃらじゃらとこすれ合い、音を鳴らす。

その時には、体育館の鉄扉はもう目の前だった。


一息に中へ入る。そこで遥斗はるとは、すぐにその空機に気付いた。


そこは遊びではない。魂を賭けた者達が集まっていた。


「おい!一年坊!動きが遅れてるぞ!合わせろ!」


「あかねちゃーん。声が小さいからもっとー」


「そこのクラリネット!急ぎ過ぎだ!トロンボーンも音程がぶれてる!チューナーマイクを調節しておけ!」


ステージではダンス部が躍動し流動を見せていた。

体育館の右端では演劇部が発声練習を。

左端では軍隊のように隊列を組んで座る吹奏楽部が課題曲を奏でていた。

中央に集まった軽音部は他とは人数が少ないながらも、張りつめた空気は本物で、それぞれ自身の相棒である楽器を手入れしていた。


入り込んだ瞬間、先程の解放感とは真逆の、押しつぶすような緊張感と生唾を飲み込む窮屈感が押し寄せて来た。


遥斗はるとは彼らが放つ覇気に、思わずしり込みしてしまった。


「大丈夫、もう何年間もやってきたことを、見せればいいだけだ・・・」


体育館の天井から舞い降りるプレッシャーをその身に受けて、跳ね返すように一歩目を踏み出した遥斗はるとは、相手スペースで小道具の確認を行った。



◇  ◇  ◇



『以上、ダンス部でした!』


「「「ありがとうございました————ッ!」」」


会場のボルテージはMAXとなっていた。

ダンス部のクールでありながら、こちらの心を揺るがす肉体表現は、生徒の感情を鷲掴みにし、瞬く間に興奮状態へとさせた。

その熱狂は、催しの終わった今でも、色濃く残っている。


体育館の前面に集まる生徒の視線は、全てステージ上に集まる。

その色は歓喜と称賛、それと少しの憧れだ。


「いやあ、なかなかレベルが高いですね。理事長」


「ええ、そうでしょうとも。我が校の誇りであり宝物でございます」


体育館の後方でステージを見つめるのは、学内祭に参加することになった芸能事務所の社長である宮越みやこしと理事長である。

宮越みやこしの褒め言に、理事長の豪快な笑いが出迎える。


そんな熱い観客側とは裏腹に、ステージ裏では張りつめた冷気と、殺気に似た視線が交錯していた。


「弦チェック、OKだ。ドラムも問題ない」


「よし、ちゃんと鳴るな。ライブ中に切れたら目も当てられない」


「おそらく皆、佐々木ささきに期待してるだろうけど・・・そんなの関係ない。俺たちで観客の空気を搔っ攫おう!」


「ああ!」


独りの生徒の激励を皮切りに、最後の調整を終えた軽音部が、ダンス部と入れ替わりでステージに立つ。

しんと静まり返った会場を、ギターが切り裂いた。


それに呼応するように歓声があがる。


大地を揺るがす旋律が中盤に差し掛かったところで、司会から紹介が入る。


『続いては軽音部です!この日のために、血のにじむような努力をしてきました!その成果を十二分に発揮してくれます!』


舞台袖から覗くと、彼らが観客に己を示すように情熱を叩いていた。

額を流れる汗が煌びやかで、その澄み切った清涼には、未成年でしか出せない輝きが見られた。


必死に高鳴る鼓動を抑えた遥斗はるとは、反対側の暗闇に目を向けた。

そこには次の登場を控える佐々木ささき亜美あみの姿があった。その横には彼女のプロデューサーである安藤あんどう康人やすとの姿もある。

だが、人の姿はそれだけではない。二人の周りには、亜美あみを応援しに来た生徒の姿もあった。


佐々木ささきさん、報告通り、お偉いさんが来ている。本当だったら本番まで温存しておく予定だったが、そうも言ってられなくなった。おそらく学内アンケートも目に入るだろう・・・・すまない、無理をさせて・・・・」


学内アンケートとは、その日のステージイベントで誰が一番に会場を湧かせるができたのかを集計したものだ。

一部の生徒はこの結果で賭博を行っているため、あそこまでの熱狂を見せる。

ちなみに佐々木ささき亜美あみはぶっちぎりの一番人気だ。


「何言ってんの康人やすと、こんなのチャンスじゃない!いっちょわたしのカッコイイところ、見せてあげる!」


「ああ・・・、頼んだぞ」


康人やすとは安堵にも似た声で、そう亜美あみに後を託した。


佐々木ささき、頑張れよ。俺たちがついてる」


亜美あみ先輩すごいじゃないですか!?お偉いさんに来てもらえるんて、もしかしてデビューですか!?」


「そうなったら凄い事じゃん!亜美あみ、応援してるよ!」


それぞれの生徒が亜美あみを讃え、彼女はそれを受けて薄く笑うだけだった。


そうして時間は来た。


少し待つと、軽音部が最後の演奏を奏で終え、観客から一心に声援を浴びて脚光を浴びていた。

彼らの影が、反対側の舞台袖へと消えていく。


「行ってきます!」


亜美あみが元気よく康人やすとにそう言うと、光り輝く方へと身を投げた。


彼女の登場に、待ち焦がれていた観客は喝采をあげて出迎えた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「その〝星〟は太陽が如く、目を灼く。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る