その〝星〟は太陽が如く、目を灼く。
ライトが下り、闇の帳が下りた。
先程の喝采がなりを潜め、ざわめきがひとしおに。それは期待であった。
観客は
そこで、ひとつ目の音。
心臓の鼓動だけが聞こえる静けさの中で、洞窟の中を吹き抜ける風のような前奏が流れた。それは産声であった。
観客は即座に夢見心地のような揺蕩う音階に呑まれ、広大な海原に漕ぎだす小舟に乗ったかのように心を揺らめかせていた。
だが一転、〝声〟が貫く。それは叫びだった。
曲調が突如として変わった。
不意打ちを喰らった観客の目線が、ライトアップの中から降り立った
『・・・・・・』
司会も、そのあまりの迫力に、紹介を忘れていた。
だが、そんなことは必要ない。
だって、彼女はもうその存在を刻み付けている。
その歌こそが、彼女なのだ。
「・・・・・・」
舞台袖の
啞然とした。言葉を発することが出来なかった。
〝果たして、自分が信じたモノが、あれに見劣りしないモノであるのか・・・。〟
そんな迷いが、胸中に降り立つ。
「いや、絶対にやってみせる・・・信じるんだ、これまでを」
挫けそうになった心を叱咤するように、かぶりを振って頬を叩く。
(示すことができれば・・・またきっと、会えるはずだから)
勝つ必要はない。ただ示せればいいのだ。これが、綺麗なものだと。
(姉さんが好きになったモノを証明するために・・・!)
そこを示して、そこから勘違いを解けば、きっとまたあなたに会えるはずだから・・・。
そうだろう?姉さん・・・・。
握り拳を胸の中で抱きしめる。そう決意した時には、大歓声が
『・・・あ、ありがとうございました。い、いやあ、凄かったですね!』
歌が終わって、呆然としていた司会が目を覚ました。のめり込んでいた意識が、ここにきてやっと現実に戻って来たのだ。
その興奮冷めやらぬ状態は、観客席もだ。
「どうですか?
「ええ、素晴らしいの一言です。彼女自身もさることながら、演出も素晴らしい。もはや感服するほかありません」
「はははッ!・・・・・失礼、いやあ、我が事のように嬉しくて、お恥ずかしい」
「ステージも終了したことですし、夕食など
右手で出入り口を示した理事長だが、
「いいのですか?まだ次があるようですが?」
「・・・はて?」
当の理事長は、「最後に確認した時には、もうこれ以上はなかったはずですが?」と心底意外そうに顎に手を添えた。
「まさか最終日になって滑り込んだ者がいたのでしょうか?・・・・・
「・・・・・」
そうして、薄く光っていたステージの照明が消されて、暗闇が訪れる。
観客も最後に見えていたのは何やら床をいじくっていた男子生徒が一人だけだったので、皆一様に、未知のものを目の当たりにしたように、困惑していた。
その中でだ・・・・。
バンッ!
ステージで小さな爆発が起こった。
ステージ下の彼らの目に、いきなりふたつの光が現れた。その中央には
光は彼が灯した。だがその光は彼の手にはない。
それがあるのは彼の両手直下、足下だ。
曲が始まり、ステージに小さな太陽が出来た。
最初は点のような小さなものだったが、徐々にふたつの光源がその輪郭を伸ばし、大きな円へと変えていく。
それを生み出しているのは、中央で腕を八の字回転させている
明滅する光が残像を残し、闇へとその光を浮き彫りにする。
遠心力に乗って回転する光が、
腕の可動域を変えるごとに、出来る円が変わる。小さな太陽と大きな太陽が互いに点在し、万華鏡のように移り変わる。
動いているのは光だけではない。
その舞踊と混在する光に、無言だった観客から小さな歓声が上がった。
(手応えはある・・・これならっ・・・)
だが、まだ足りない。
この程度では、皆の認識は変えられていない。
光が空へ打ちあがった。
観客の目線が上へと吸い寄せられ、ステージから外れる。その隙に
場面は一番目のサビ、繰り出した技はエリュサー。
広げた腕を翼のように回し、その勢いに乗せて体を360度回転させる。これに一切のブレは見られなかった。練習の成果である。
光と肉体パフォーマンスに歓声が色濃くなり始め、次に繰り出した
初めに小道具を使った効果もあったのか、観客に拒否感は見られない。
一般人に忌避感を与えるものは使えないので、ヲタ芸の定石、定番は踏めない。技が制限されている。
だが、それでもまだまだストックはある。
これまで連綿と鍛え上げて来た、学び続けてきた技の数々が、ここに来て実を結ぶ。
そこからは順調に進み、歓声が大きくなり始めた。
(このまま押し切るッ!・・・)
だが、そこで会場が凍りついた。
それは野方スペシャルの回転の途中だった。緩急をつけたしなやかな動きで、繋ぎのバタフライに移ろうと時だ。
司会がそこでその正体を明かした。
『今度はなんと個人の参加で、その上、一年生です!
その一言で、まるで死んでしまったのではないかと思うほど、観客が静まり返った。
だがここでこうなることは想定済みだ。
高速回転が、またステージ上に太陽を創る。
だが・・・、
「なにあれ・・・」
会場は冷ややかなままだ。
(まずいッ!?変わってない・・・)
それを聞いた瞬間、
場面はラストのサビ前の盛り上がりの段階、彼はそこでメガサイリウムを点灯した。本当ならサビで使うはずだったものだが、この空気を変えるにはもうこれしかなかった。
今までにはない、ひときわ大きな光が、彼らの目に飛び込む。
一瞬、観客側から歓声が上がったが、それはすぐに収まって掻き消えた。
その代わりにざわつきが起こり始めた。
「なんだ・・・期待して損した」
「おい、
「ああ、そういうことだろ」
「待って、これを学園祭でやるの?!こんなのと一緒にされるなんてわたしヤダよ?!」
「巻き込まないでよ・・・」
それは次第に大きくなり始め、中央から伝播していった。
切り札のメガサイリウムも紐トーチも使い切った。もう通常のサイリウムしか残っていない。
それに合わせるように曲が佳境に差し掛かった。
あとは技術でどうにかするしかない。
ラストのサビ、転調を繰り返す最大の盛り上がりを見せるその場面で、
(これならどうだッ!)
平等院鳳凰堂鳳凰像・鳳凰之舞からのギルガメッシュ。そこから黒蝶スネイクを挟み
(出し惜しみはしないッ!今まで積み上げたもの、その全てをッ!)
回り光る両手を体中で弾けさせる。
火花のように散る光源が、炸裂するような荒々しさを見せた。
多重連携で繋げた連撃。回転をこれでもかというほど詰め込んだダメ押しの連打。
これが彼の「Haru」としての証左。
ひとつひとつの技が高い完成度でありながら淀みなく、その上で通常では繰り出せるはずのないハンドスピード。
それは軌跡を残し、観客の目に刻み付けていた。
「うわ・・・きも」
しかし、ここにいる全ての人には、それは分からないし、伝わらない。
だからそれがどんなにすごかろうと、もう関係ないのだ。
彼らの固定観念はすでにそういうものだと決まり切っているので何をやろうとも覆らない。
そうして曲が終わった。
終わってしまった。
手足に生じる疲労感は、今までに感じたことがないほど冷たかった。
(全部・・・・全部を出した・・・けれど・・・)
悲鳴が多かった。
あまりの受け入れ難さに涙を浮かべる者もいた。
彼らの多くが、その顔に失望を浮かべていた。
彼らとの溝がここまで深いなんて思わなかった・・・。
「こんなの・・・こんなの・・・・」
無理だ、そう言おうとした口を慌てて塞いだ。
「僕は好きなんだけどねぇ・・・・・・残念だったね、Haruくん」
観客席で見ていた
「し、失礼致しました、
横から必死にフォローを入れる理事長に、すっかり彼の存在を忘れていた
「ん?ああ・・・、準備しておいて、僕もすぐに行くから。確かに、口直ししたくなってきた。・・・それと理事長殿、今日はヤケ酒に付き合ってくれない?」
理事長が体育館の出口に走り去っていくのとは対照的に、
その目には舞台袖へと降りる
彼が視界から消えると、
「やはり、大衆受けは難しいのかなぁ・・・」
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※
次回「運命よ、死に給え」
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