灰色の日常 持つべきではない想い
くすぶった灰色の廊下が、一歩ずつ歩くごとに
俺、
胸の中の
努めて明るく、寄り添うように。
「姉さん、父さんも母さんも、もう家を出たよ」
「・・・・・・・」
「俺ももうすぐ出るから・・・」
返ってくる声はない。
彼女が心を閉ざしてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
「行ってきます」
そう言って、
固い扉が開いたのは、彼が自宅から出た一時間後だった。
◇ ◇ ◇
ローファーがアルファルトを鳴らす、もう慣れ始めた通学路。
「はーるとっ!」
背後から声がかけられた。
肩に当たった衝撃へと振り向くと、そこには
頭の斜め上に結ったサイドテールに、反対側に垂れた特徴的な長いサイドヘアが揺れて、ほのかにリナリアの花の香りがした。
「おはよう!」
「おはよう。
「辛気臭い旦那がいたもんですから、元気をおすそ分けしてやろうかと」
むふふんっ!と得意げに言った
「危ないって!転ぶ転ぶ!」
「転ばない転ばない!走れ走れ!」
その足が落ち着きだしたのは、
「髪、伸びたね」
「お!旦那も女の子についてわかってきましたね。そういえば髪は長いほうがタイプでしたね。どうです?かわいい?」
「似合ってるよ。でも心配だよ。部活だと目に入るでしょ?」
彼女は運動部に所属している。
「そこは結ぶんで大丈夫ですよ~。年頃の乙女が、運動でおしゃれを捨ててやるもんですか」
「・・・・・・」
彼らが歩き出して、最寄りのコンビニに差し掛かった頃だった。
「ちょっと朝ごはん買ってくる。先行く?」
「わたしはそこまで薄情じゃないですよ。
早く行ってきなされ。っていうか家で食べてこなかった?」
「うん・・・ちょっと、家では食べづらくて・・・」
「・・・
「うん・・・」
彼女の面持ちが、一瞬、沈痛なものに変わった。それに申し訳なさを抱くが、同時に、一緒に分かち合ってくれるから、どこか救われていたのだ。
「元気出しなよ。きっとすぐに元通りになるよ」
「・・・そうだといいね」
「まあ、シスコンの旦那のことですし、旦那の想いが届いたり?愛の力ですべてが上手くいきますよ~」
「・・・ああ」
「・・・否定しないんだ」
「自分でもわかってるよ」
彼女が言いたいこともわかる。誰かに理解されたいとも思ってはいない。
この恋は、自分のなかだけに押しとどめておくべきものだ。
だから、小さい頃は、それを隠すように、別の恋をするようにした。幼稚園が同じだったり、同じクラスになったり。
漫画なんかである、テンプレートに当てはめて、そうなんだって決めつけて。
でも、消えなかった。
〝『
その言葉に、凄く救われた。
この気持ちは間違いじゃないと、言ってもらえた。
当時不安定だった
この恋を抱いてもなお、こうして普通に生活できている。
「でも最近はすごく怖い。もしかしたら自殺するんじゃないかって・・・」
「・・・・・・・」
「
押し黙った様子を不審に思った
「ううん、なんでもない。ほら!早く買ってきて!学校遅れるよ!」
強引にコンビニへと押し出した
「・・・・・・なんてこと考えたんだ、わたし」
◇ ◇ ◇
学校から帰ってきた
「ただいま。帰ったよ、姉さん」
返答はない。
「寝てるの?」
あまりにも返答がないものだから、嫌な想像をする。しかし、微かに生活音が聞こえて、安心できた。
「学校で預かったものがあるんだ」
少しでも会話をしたい。していたい。長く、確かに。
「・・・顔が見たいよ」
この目で、確かに。
「また、一緒にご飯を食べたい」
もう一度、家族としてでもいいから。
「出てきてほしい」
切実な願いが、余韻を残してこだまする。
落ちた沈黙に、ダメかと、嘆息して自室に戻ろうとした時だった。
本当に小さく、声が聞こえた。
「姉さん!」
その声に、
「何て言ったの!?姉さん!姉さん!」
機会はここしかないと思った
「姉さ———」
「うるさい!」
だけど返ってきたのは、この世のすべてを恨む拒絶だった。
「うるさいうるさいうるさい!」
その絶叫に、
「もうやだ! ・・・ やだ 、やだ ! ヤダアアアアァアアァッ !」
絶叫が、
悲痛に歪んだ彼女の声は、何者をも受け付けない壁で、もしかしたら別人なんじゃないかって疑うほどに、脳内の笑顔だったころの姉とは重ならなかった。
壊れた錆びつきの人形だった。
錆びた部分を、互いにすり減らす、耳障りなかなぎり声。
ぱぁーんっ!という甲高い割れ音が、ずっと響いていた。
それは、
「こ、こんなはずじゃ・・・」
「ごめん、ごめんなさい!許して!」
その間にも、絶叫は彼の鼓膜を揺らした。
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※次回『憩いの場所』
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