胸を張って言えるモノ。

週末の学園生活を終えて、休日を迎えた遥斗は、うつ伏せになってフローリングの床を直視していた。


床といっても、その視線は自身の直下に置いてあるスマートフォンに向けられている。


それにはこれまで記録してきた自身の動きが映し出されていた。


みぞおちから下腹部にかけて力を籠める遥斗はるとは、これまでの人々の反応を見て、受けが良かったものを調べていた。


地下バーのダンススタジオ。

遥斗はるとの拠点と言ってもいい場所だ。


「休日に来るのもそうだけどさ。珍しいね、それやるの」


心底つまらなそうに、手元のパソコンから視線を外したみなみ明日華あすかは、遥斗はるとの肘とつま先で体を支える体幹トレーニングに、意外そうな声をぶつけた。


「必要になれば、喜んでやるよ」


「でも前に言ってたじゃん。こんなのやるくらいなら技の練習したほうが良いって」


自分の以前した発言に顔をしかめた遥斗はるとはいたたまれない表情をした。


「状況が変わったんだよ。それにふらついてたら見栄えが悪いだろ?」


「これ以上うまくなってどうすんのよ。見栄えを求めるなら、体を鍛えればいい。労力も比べて少ない上に効果も望めるよ?」


確かに、ガタイを良くすれば動画映えするし、なにより格好良く映る。けれど・・・。


「正直、それはあまり気が進まないな。自重が変わる。必要最低限の筋力さえあればいいよ」


練度を犠牲にして、と考えるなら、悩ましいところだ。


「あ・・・っそ」


「ぐえっ?!」


粗雑に返答を返した明日華あすかは持ち上げた腰を遥斗はるとの背中に落とした。


「重い重い」


「ふーん・・・。そんなこと言うんだ。じゃあ、ここで作業するよ」


遥斗はるとの必死な発言に不満を覚えた明日華あすかは、膝にパソコンを置いてそのまま編集に映った。


そうして、そんな長時間も酷使してきた体幹、加えて腕と脚が耐えられるはずもなく、数分と経たずして撃沈した。


「はい、これ。まとめた奴」


「ああ、悪いな」


フローリングに腹ばいになる遥斗はるとに向けて画面を向けた明日華あすか、彼女がまとめたのも、遥斗はるとと同じく人々の反応だ。


床に胡坐あぐらをかいた遥斗はるとは、それをひとつひとつ精査していく。


「こいつと、こいつ。その以前の意見を調べてくれ」


「え?そっち?」


遥斗はるとがはじき出したコメントユーザーに、疑惑を抱く明日華あすか

彼女は捨てられた意見を一例にあげて、


「ペリジースさんにフェルノースさん、フライさんとかの意見の方が、参考になると思うけど」


「確かにそうだけど、新しい目線が欲しくてさ」


確かに玄人意見は重要であるが、遥斗はるとが欲している意見はそれではなかった。


「だってそれがすごいなんて、俺たちにしかわからないだろ。やるなら、初めてみた人を虜にするようなものでないと」


だから遥斗はるとは、彼らがどこで光棒を振り回すこの芸に嵌ったのかを知るために、まだ底の浅い意見を求めている。


「皆にもちゃんと、これが綺麗なモノだって、知ってほしいんだ」


偏見のない、ただ純粋な、あの時に俺が見たカッコよくて綺麗な〝星〟のように。


スタジオの端に移動した遥斗はるとはそこに置かれた、ずしりとした重量を持ち上げる。


それは二本の3Lペットボトル同士を紐でつないだものが二セット。

それを肩に担いだ遥斗はるとは、スクワットを始めた。


「知ってもらえれば、きっと変わるはずだから・・・」



◇  ◇  ◇



「ん?亜美あみ、まだやってたのか?」


ボイススタジオに亜美あみを迎えに来た康人やすとは、彼女がまだヘッドセットをつけた様子に、そう言った。


本日は呼吸トレーニングを発声練習であったはずだが、今では音階トレーニングを行っていた。


「良い声の出し方思い浮んじゃってさ、居ても立っても居られなくなっちゃった」


「それでも無理はさせられないよ。文化祭まで三週間はあるけど、この時期の不調はとても惜しい」


本人が気づけないほどの変化も、過度なトレーニングを行えば現れる。それは聞き手にも大きく影響するのだ。


それでも、亜美あみは縋るように、康人やすとに頼み込んだ。


「お願い、きっとここでやらないと、わたし一生後悔する。できることはやっておきたい」


「・・・・・わかった。こっちでもスケジュールを見直すよ。君が全力で歌えるようにする、それが俺の役目だ」


彼女が見せた本気に、康人やすとも答えざるを得なかった。彼にとっても、その結果は非常に残念なのだ。


だけどそうは言っても、絶対に喉に怪我だけはさせられない。


「でもケアはいつもより重点的に行うよ。面倒くさくてもやってもらう。用品も増やしておく」


スマホを立ち上げて、リストにケア用品を多く加える。

その後押しに、彼女はまっさらな純情で練習に望めた。


「やった!・・・じゃあ、手始めにわたし史上、最長の声を伸ばそう!目指せ一分!」


それは世界記録を超えているので、いくらなんでも無謀過ぎないかとは思ったが、モチベーションの問題なので、康人やすとはただ微笑んで自由にやらせることにした。


「La—————————————————ッ!」


その夢に打ち込む姿に、康人やすとは過去の彼女を思い浮かべた。


昔の亜美あみは、自分を表に出せる女の子ではなかった。

どちらかと言えば、俺や海里かいりの後ろで隠れているような子供だった。


だけど彼女が、こんな無茶な望みに奔走できたのは、これまで積み上げてきた実績と、次第に認められていく周囲の評価が、そのまま自信となって彼女を突き動かして邁進させるのだ。


(限界を超えて、最高のステージにしよう。亜美あみ・・・)


安藤あんどう康人やすとは、マイクに向かう彼女の背中に向けて、言祝いだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「人を魅了するとは・・・。」

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