瞳を見た「示す者」、歌を聞いた「守る者」

亜美あみのこと? あー・・・、ごめん。今はどこかに行ってるみたい」


「そうですか、ありがとうございました」


「いいよ、後輩のお願いくらい聞くから」


件の食堂で、声をかけてきた佐々木ささき亜美あみを探していた遥斗はるとは、一学年上の生徒を辿り、彼女の教室に辿り着いていた。

だが、教室に彼女の姿はなかった。


仕方がないのでそのまま帰ろうと、来た道を戻っていた遥斗はるとであったが、ふと、彼女の背後にいたあの強面の男子生徒は誰なのか聞くのを忘れていたため、先程の教室に引き返した。


「さっきの子、だれ?」


教室に差し掛かった頃に、開いた扉の先から、先程まで話していた女生徒の声が聞えてきた。


「わかんない、けれど亜美あみに用があったみたいだよ」


「どうせ追っかけの子とかでしょ。いつものことだね」


彼女たちは遥斗はるとのことをただのファンだと勘違いしたようだ。

でもそれはそれで都合が良かったので、そのままにしてもう一度だけ彼女に話を聞こうと思った。


「あの子、浅井あざいの弟だよ」


その一言で、教室がしんと静まり返った。

まるでチャンネルを切り替えたように、その場が一変したのだ。


「え?うそ・・・。あの子が?」


そうして徐々に、教室がざわつきだした。

最初は小さな火種であったが、それが少しずつ周りに伝播し、ひとつの大きな炎となった。


「それって・・・めちゃくちゃ危なくない?」


浅井あざいって・・・あの〝ヲタ芸〟っていうおかしな趣味の?亜美あみを貶めた最悪な子の?」


「・・・関係がないわけないよね?」


「わからない・・・でもただの追っかけていうのも考えにくい」


強気に確認をとった、針のような声をした活発な女子生徒たちの声が、遥斗はるとの鼓膜を揺らした。

その女子生徒たちの発言に、情報の提供者である者は首を縦に振った。


「やだ、怖い。わたし、どうなっちゃうの・・・」


遥斗はるとと話をした女子生徒は不安に体を抱きかかえる。最後の言葉には、微かに涙の色が見えた。


「大丈夫だって!わたしたちも事情はちゃんと知ってるから、守ってあげるって」


泣き出した彼女を抱きかかえ、歯噛みした彼女はクラスの全員に告げる。


「あの子が来たら、無視しよう。絶対に話しちゃダメ、危険すぎる」


すべてを聞いた遥斗はるとは、そのまま引き返した。ここには、もう手に入る情報はない。


しかし、大きな収穫であった。それに大方の事情も理解した。


(きっと全員、俺と水樹みたいに、勘違いが重なって、こじれてしまっただけなんだ)


廊下を走る遥斗はると、彼は急いでその場を離脱した。


状況は最悪の一言だった。だけれど、やることが決まっただけ、前進である。


(俺が、しっかりと示さないと・・・)


浅井あざい遥斗はるとはそう決意した。



◇  ◇  ◇



浅井あざいの弟が?」


「ああ、佐々木ささきのことを嗅ぎまわってる」


理事長より提供された一室で、康人やすとは男子生徒からの報告を受けた。


彼は亜美あみ遥斗はるとのことを話した男子生徒だ。

そのために、亜美あみは食堂で遥斗はるとと接触することが出来た。


「ありがとう、助かったよ」


「こっちの方でも監視しておく、もう繰り返すわけにはいかないからな・・・」


「ああ、頼んだよ」


そうして出て行った男子生徒、室内に残った康人やすとは、降りかかってきた問題にあごさすって、思考を巡らせた。


(ひと段落してから、なんて悠長なこと言ってられないな・・・)


浅井あざい若菜わかなが学校に来なくなったことによって、落ち込んだ様子の見られる長谷川はせがわ海里かいり、それを不憫に思ったことで佐々木ささき亜美あみが行動を起こし、浅井あざい遥斗はるとに接触を図った。


(なんで海里かいり浅井あざいの弟のことを話してくれなかったんだ・・・)


柔道部の休みの日に、何度も浅井あざい家を訪問していた、

なら顔ぐらいは合わせているはずだが・・・。


(やはり、早急に手を打つべきか)


いつこのかけ違いがあばかれるかわからない、

であればその前に繋がりを断たなければ・・・。


亜美あみにとっては今が、歌手としての大成が掛かっている。

本当なら意識の全てをそこに注ぎたかったが、どこからどう崩されるか・・・。


(俺が亜美あみを守らないと・・・)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「胸を張って言えるモノ」

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