最終 第Ⅰ章 あまねくすべては、その星(歌)に

瞳を見た「守る者」、歌を聞いた「示す者」

昨日に水樹みずきとのこじれを解消した浅井あざい遥斗はるとは朝を迎えた。


玄関から出た彼は肌寒くなりだした外気に身震いした。そのことに、季節は進むものなのだと、少しの嘆息を漏らす。


時間だけが過ぎている。それに対して、関係性を恐ろしく遅い。


それに・・・・。


「おはよう、遥斗はると


「・・・おはよう、水樹みずき


これだけ時間をかけても、やっとスタートラインに立てただけなのだ。


隣に戻ってきた彼女に、心の奥底で安堵を浮かべた。


本当に、冗談のような奇跡であり、彼女自身の度量の広さに驚くばかりだ。


てっきりこちらが頭を下げるなり、懇願するなりで、なんとかなるかも怪しいものだと思っていた。


それがこうして肩を並べて、また一緒に学校に行けることになるなんて・・・・。


「で?どうするの?若菜わかなのこと・・・」


「そうだな・・・原因は、わかってるんだ」


だけど、まだ障害はある。

きっとこれが一番の問題だ。


「ちょっと状況を整理する必要がある」



◇  ◇  ◇



学校についた遥斗はると水樹みずきは、そのままお互いのクラスの前で別れた。


「明日さ、隣町に行かない?」


「わざわざ?なんで?」


「まあ、来てからの楽しみだって!行こ!」


午前の授業を終えた昼下がり、賑やかになった遥斗はるとの教室は、和やかな雰囲気が流れていた。


(あの人はどこのクラスの人なのだろう・・・)


一方的に、名も告げずに、どこかへ去ってしまったあの強面の先輩生徒。


おそらく、佐々木ささき先輩の知り合いだと言う事は分かるので、それを頼りに追っていけば・・・。


姉にいったい何が起きたのか、わかるかもしれない。


(俺が守らないと・・・)


遥斗はるとは、そう決意した。




—————————————————————




時は遡り昨日、都内某所のボイススタジオでトレーニング励む佐々木ささき亜美あみは、ロングトーンの発声練習を行っていた。


少しずつ、積み重ねるようなその声は、スタジオの中に、深く、遠く、響いていた。


「もっと・・・・もっと頑張らないと・・・」


発声に納得のいっていない彼女は、試行錯誤を繰り返しながら、自身の本物の声を探す。彼女が追い求めているモノは、人の心に染み渡るように響く歌声だ。


「La———————」


額に滴る汗、歪む眉間、開かれた口角。

スタジオの窓ガラスを震わせる声量は、彼女のこれまでの努力の証であり、人々を魅了する響きは、彼女の才能であった。


かれこれ一時間半は経ったかというところで、微かに喉のしわがれを感じた。


ここが潮時かと、まだ研鑽を求める亜美あみは、満足のいかないような呼気を出して、練習を切り上げた。


そうして向かったのは隣室の事務室だ。


康人やすと、終わったよ」


そうして立ならぶ灰色ケースを抜けた先、こちらも同色系統の鼠色のデスクに、

亜美あみのプロデューサーという役目を受け持つ安藤あんどう康人やすとはいた。


「寝てるの?」


けれど彼の姿は、最後に見たものとは違っていた。

彼は確かに、パソコンに向かってひたすらに作業を行っていたはずだが、今では机に突っ伏して眠っていた。


「あーあ、目に隈なんてつくって・・・。台無しじゃん」


彼の顔は、まるで死人のように色素が薄くて、傍から見てもわかるように、不健康そのものだった。


彼の顔から視線を外して、画面に移す。

彼がここまで必死な理由はそこにあった。


(いよいよ・・・ここまできた)


そこには、芸能事務所への招待と、その条件がある。


(今度の文化祭で、アンケートで、結果を出す。すべてはそれにかかっている)


康人やすとが睡眠時間を削っているのも、わたしが自身の歌声に納得できないのも、すべてはこれが原因だ。


でも、このチャンスは、今まで待ち望んだものだ。


絶対にものにしなければ・・・。


「んっ・・・・すまん、寝てた」


胸に想いを秘めた時、康人やすとは横にいる気配に気づいたのか、目を覚ました。

目をこすった彼は、亜美あみの存在を確認した。


「いいよ、ここのところ、ろくに寝てないでしょ?無理しちゃダメだよ」


「そういうわけにはいかない。今が一番、大事な時だ。多少の無理はしてでもやり切らないと、それに休むのは後でもできる」


「もう、そうやって先送りにして・・・悪い癖だよ」


「ははっ、すまんすまん。でもやっと掴んだチャンスだ」


亜美あみが事務所に戻ってきたため、本日のトレーニングを終えたのだと、察した。


「帰ろうか」


そう優し気に声をかけて、壁際に掛けた鍵を取って、鞄を持ち上げた。


それを合図に、亜美あみは室内から出て行った。


亜美あみ、俺は絶対に君を歌手にする。そして必ず示して見せる」


それは宣言であり、彼の覚悟であった。


「君の歌声は人を救えるんだ」


自分以外はいなくなった事務所内で、安藤あんどう康人やすとは、自身に言い聞かせるように、そう強く意思を示す。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回「瞳を見た「示す者」、歌を聞いた「守る者」」

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