次はキミだ。

季節はめぐり、春となった。


肌を切り裂く冬を抜けて、癒すような陽だまりが地に落ちる。


突き抜ける青空、広々とした、叫べば声が返ってくるのではないかと思える校庭。


地に咲く花々はその身を広げ、差し込む陽光を命いっぱい受け止めてる。


はらり、はらり。


さくらがおちる。


誰も傷つくことはない、季節だ。


そんな青春の絶景ともいえる中・・・・、




満開の桜の木の下で、泣きじゃくった少女を、少年が抱きしめていた。





少年の胸は、少女に何度も叩かれていた。


「ばかぁ・・・遅いよぉ、ばかぁ」


「ごめん、水樹みずき


その力の全く籠っていない丸めた手に、少年は苦笑を浮かべながら謝罪する。

その謝罪を受けて、我慢できなくなった少女は、少年の頬に手を添えて、キスをする。


そうして、唇が離れると、少女はさくらに負けない満開の笑顔で言った。


「おかえりなさい」


「・・・・・・ただいま」


季節をめぐって、彼らはようやく動き出したのだ。



◇  ◇  ◇



私、華の女子高生となった日葵ひまり知星ちせには、憧れている人がいる。


知星ちせちゃーん。こっちこっち」


「ま、待ってくださいっ!明日華あすか先輩っ!」


もちろん、わたしの目前で同じ高校に通い、手招きをする彼女、みなみ明日華あすか先輩ではない。


わたしが目指しているのは古参も古参、もはやレジェンドとすら言っていい。


まあ、彼女も最初期からいるらしいので、レジェンドであるが、わたしが言っているのは動画に映っている人のことだ。


「じゃあ、知星ちせちゃん。今からHaruに挨拶しようか」


「え?」


でもまさかこんなにも早く出会えるとは思っていなかった。



◇  ◇  ◇



「どーも。今日からこの高校に通わせて頂きます、みなみ明日華あすかと申します」


「は?明日華あすか、お前なんでここにいる?」


「家の都合でねー」


憧れの人がこの塀の向こうにいる。ああ、どうしよう。心臓飛び出そう。


心の準備ができていなかったわたしは、こうして無様にも膝を抱えて隠れている。


「悪かったな、急に抜けて。その・・・大丈夫か?」


「やばいね。看板、それも花形が抜けたとなったら、人員だけの損害じゃないし・・・まあ、人は見つかったから、まだいいけどさ」


(え?待って。抜けたのがHaruさんだなんて聞いてない。そんなの荷が重すぎる)


向こう側の会話に、わたしは冷や汗をダラダラ流した。


募集を見て即応募。もしかすればあの人に会えるかもしれない!なんて呑気なことを考えていた自分を殴りたい。


「でも大丈夫だと思うよ」


(まったく大丈夫じゃない)


「おーい。隠れてないで出て来ーい」


そんな困惑するわたしを、明日華あすか先輩は、呼ぼうものだから、もうパニックだ。


わたしは震え上がってそこから動くことが出来なかった。


呼んでも出てこないものだから、塀の向こうで男の人の困惑の声が聞こえた。

それがきっとHaruさんだ。


ごめんなさい、やっぱり今日はキャンセルで一ヶ月後とかにしませんか?


度重なる申し訳なさに、そんなことを考えていたところ・・・。


「おい。わたしに恥をかかせる気か、デテコイ」


「い、いや!離して、明日華あすか先輩っ!」


抵抗空しく、わたしは塀の向こう側へと連れていかれた。


なかなかで出ないわたしに、業を煮やした明日華あすか先輩は力強く背中を押した。わたしは、そのまま勢いよく前に倒れ込む。


「あ、ありがとうございます。ってキャーッ!ご、ごめんなさいッ!」


倒れてしまいそうなところを助けてもらい御礼を言ったが、よく考えたらこの男の人が憧れの人なので、慌てて背後に飛び退く。


そのまままたも塀の奥に逃げようとしたが、その肩を明日華あすか先輩にむんずと掴まれてしまった。


遥斗はると、この子に指導してやってよ。話を聞くとおもしろいよ、なかなか根性ある生い立ちしてるから」


「そうなの?」


Haruさんが、わたしに目線を送って問いかける。


(先輩だが恨むぞ、明日華あすか先輩ッ!)


「い、いやあ、そんな大したことないですよぉ~・・・」


「そんなことないって、言いな。ここには笑う奴なんてひとりもいないから」


(もうお願い逃がしてアスカセンパイ)


もう何度ジェスチャーで示そうとも、「ほらほら」と急かす明日華あすか先輩に、わたしはもう観念して話を始めた。


「ええっと・・・・・・」


それが目の前にいるのだから、緊張と一抹の期待で胸がいっぱいだ。


「そのお姉ちゃんもわたしと同じでヲタ芸が好きなんです・・・・・だけど最近、嫌いになっちゃったみたいで・・・・。ただ嫌いになっただけなら良かったんです。でも実は友達にバカにされたからみたいで・・・・だからチームに入ったんです。お姉ちゃんが好きになったモノを、証明したかった」


そんな状態だから、自分でも何を言っているのか理解できていない。


「あっ!でも、Haruさんの代わりになろうなんて恐れ多い事は考えてないんですよ!もうほんと、下っ端から始めさせていただいて、少しでも皆さんについて行けるように頑張りたく・・・」


だからわたしは引かれていないか不安になって恐る恐る彼の顔を見た。


そこで、わたしは初めてHaruさんの顔を凝視した。


それが今まで見たことのない顔だったから、わたしはびっくりしてしまったのだ。


Haruさんは口を開いて、わたしは初めて彼の言葉をまともに受け取った。


「それは・・・・・とても、いいね」


私自身、そんな表情は初めてだった。


今まで、この話をすれば、決まって相手は苦い顔をした。


だけど、この人はどうして・・・・。


どうして、こんなに優しい目をしているのだろう・・・。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

End of Psyllium Dance


もしもあなたが、その思春期を越えたならば、どうかお仲間を助けてあげてください。——————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る